第13回 拉致問題打開への正念場、アメリカの「期待」を受けた日朝協議

 『米朝和解ーーーもはや北と交渉するしか日本の道はない』中央公論2008年6月号インタビュー・再録

 日本と北朝鮮の国交正常化交渉再開に向けた斎木外務省太平洋アジア局長と北朝鮮のソン・イルホ朝日国交正常化交渉担当大使による公式協議が6月7日から北京で再開されることになりました。

 日朝間の直接協議は昨年10月に中国の瀋陽で開かれて以来8ヶ月ぶり。しかも、この動きの背景に、アメリカと北朝鮮との直接交渉が4月8日のシンガポール会談で大きく進展し、北朝鮮が望む、アメリカによるテロ国家指定解除が実現する可能性が高まっている事実があることを忘?黷トはならないと思います。

 つまり、その公表される結果がどのようなものであっても、この日朝協議の再開が、アメリカの六カ国協議打開への期待を受け、その意を受けたものであることに注目しなければならないと思います。その点で見過ごせない資料があります。

 4月中旬、北朝鮮訪問を終え、東京に立ち寄ったアメリカの北朝鮮専門家、レオン・V・シーガル氏が、私との中央公論6月号誌上でのインタービューで述べた内容がそれです。中央公論社の承諾を得て『米朝和解 —もはや北と交渉するしか日本の道はない— 』と題して掲載されたインタービューの全文を再録します。ご一読ください。

 シーガル氏は、ニューヨークの伝統ある調査機関、「米国社会科学調査評議会」の北東アジア安全保障プロジェクト部長。昨年6月の訪日時にも、私がインタ−ビューしました、その内容は、中央公論2007年8月号誌上に ”拉致敗戦 —日本は北朝鮮問題で致命的な孤立に追い込まれえるー“と題して掲載され、2006年10月10日、つまり10月8日の安倍首相北京訪問の二日後で、北朝鮮による10月9日の核実験の翌日、キシンジャーがブッシュ大統領の親書を持って北京を訪問、胡錦濤主席と会い、北朝鮮が核を捨てたらアメリカは平和条約に調印する用意があると告げたなどとの衝撃的な事実に満ちていました。北朝鮮をイラク、イランと共に「悪の枢軸」と決め付け、直接交渉を拒否してきたそれまでの強硬路線からのブッシュ政権変身の実態を初めて明らかにしてくれました。この大きな反響を読んだ内容は「アメリカウオッチ」第10回(2007年9月12日付け)に収録してあります。

 今回はその続編と言ったところで、シーガル氏は4月11日から3日間のピョンヤン訪問での北朝鮮当局者との会談結果をもとに、アメリカによるテロ国家指定解除を含む6カ国協議進展の可能性を具体的に指摘、拉致問題の解決には日本独自の北朝鮮との交渉しかない、との観察を明らかにしています。

 シーガル氏は、エール大学卒。ハーバード大学で博士号取得後、国務省政治・軍事局勤務、ニューヨーク・タイムズ紙論説委員などを経て現職。対北朝鮮政策でのハト派の論客として知られ、“ Disarming Strangers: Nuclear Diplomacy with North Korea “ などの著書があります。私とは2004年以来の友人です。(2008年6月6日記)

<以下、再録>

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米朝和解

−−もはや北と交渉するしか日本の道はない

レオン・V・シーガル/米国社会科学調査評議会北東アジア安全保障プロジェクト部長

聞き手・松尾文夫/外交ジャーナリスト 

 米朝の核協議は日本で想像しているより進展している。ブッシュ米大統領は十一月までに北朝鮮をテロ支援国家リストから外し制裁を解除するだろう。日本は六ヵ国協議の中で取り残された。独自に北と取引する以外に、拉致問題を解決する方法は残されてはいない

−−

 ●シンガポール合意で楽観的見通し

松尾 今回は平壌訪問を終えたその足での訪日だが、平壌行きの目的は何だったのか。

シーガル 朝鮮問題を長年フォローしている専門家として、これからの交渉の行方を探りたかったからだ。ほかの米国の朝鮮問題専門家七人とともに北朝鮮外務省の招待で四月十一日から十三日の三日間、平壌を訪問、朴義春外相を表敬したほか、ニューヨークの国連代表部で米国問題担当次席大使をしていたとき以来の旧知である李根米州局長をはじめとする外務省当局者のほか、板門店で米側との折衝に当たっている李賛副将軍にも会い、二回の夕食会を含めて熱心に話し合った。平壌行きの飛行機には、シンガポールでのヒル米代表との会談を終えた金桂冠外務次官も乗っていたが彼には会えなかった。公式の視察はすてきな新しい音楽学校に案内されただけだ。

松尾 それで、北朝鮮との直接の接触を終えて、今後の六ヵ国協議の展開をどう予想するか。

シーガル かなり早期に、次の六ヵ国協議が行われるだろう。四月八日のシンガポールでの合意を公式化しなければならないからだ。

松尾 あなたは楽観的なわけだ。

シーガル その通り。シンガポールでの合意は、北朝鮮が六ヵ国協議でプルトニウム計画を申告する、としている。また彼らはこれまでウラン濃縮活動について米国と協議してきた。その中で彼らは、獲得したアルミニウム・チューブをわれわれに見せ、ウラン濃縮用の遠心分離機を作るためには使っていないことを示した。

 興味深いのは、二〇〇七年末以前に、彼らがわれわれに対して、どれくらいの量のプルトニウムを持っているかを告げたことだ。これは、われわれにとって最も重要な安全保障上の懸念に答えるものだった。この申告がどこまで真実かは、彼らがわれわれに見せることを約束した原子炉の運転記録を見るまで分からない。もし運転記録が完全なら、彼らの申告が本当かどうか確かめることができる。つまり、ワシントンの一部の人々が言っているように、彼らの言うことは何一つ検証できない、というわけではない。われわれにとって、それは可能なのだ。

松尾 運転記録を見せると言ったのか。

シーガル そう、そう言った。

松尾 だが、まだ実現してはいない。

 ●溶けたチューブを差し出す

シーガル その通りだ。もし、それが明らかに不完全だったら問題だ。だが、いずれにせよ彼らは記録を見せるだろう。彼らは放棄するもののリストも作らなければならない。プルトニウムの量についてはわれわれに話した。プルトニウムを生産するために、彼らがどんな施設を持っているかも明らかに分かっている。査察の対象だったからだ。

 そしてウラン濃縮に関しては、われわれは彼らがすでに高濃縮ウラニウム(HEU)を持っているのではないかと心配したことは一度もない、ということを言っておきたい。爆弾用の核分裂物質を十分に生産するには、長期間にわたり多数の遠心分離機が必要であることを、われわれは知っている。彼らがいくつかの遠心分離機を獲得し、さらに増やすために、いくつかの部品をパキスタンから入手したことは分かっていた。最大の懸念は、彼らが何千本ものアルミニウム・チューブを獲得したことだった。もしそのすべてを遠心分離機作りに使えば、爆弾一個に必要なHEUを一年間で生産できたはずだった。

 つまり、われわれの知らないところでアルミ・チューブがどう使われているかを知ることが非常に重要だった。これに対して、彼らが取った措置の一つが、彼らの入手したアルミ・チューブが遠心分離機作りに使われていないことを米政府に示して、納得を得ることだった。実際に彼らは昨年、一本の溶けたアルミ・チューブをわれわれに引き渡し、われわれもそれを試験し精査した。もし、彼らがアルミ・チューブを遠心分離機作りに使っていないとすれば、彼らは、われわれが心配するほどのHEU計画を持っていないことになる。それが申告プロセスを通じてわれわれがすでに到達した死活的に重要な結論の一つだ。

松尾 彼らから差し出したのか。

シーガル そうだ。だから情報にうとい連中がHEUについて話すのを聞いたりするのはやめるべきだ。彼らはみな間違っている。われわれは交渉協議と北朝鮮訪問を通じて、プルトニウムに次ぐ安全保障上の懸念、HEUに関しては、あまり計画が前進しておらず、したがって安全保障上の大きな脅威ではないことを認識している。

松尾 そういうことか。

シーガル 以上が実際の経過だが、私の見るところ、このほかに、さらにわれわれの安全保障に重要なことがある。それは彼らが寧辺のプルトニウム計画を閉鎖し、とにかく燃料棒を取り出して無能力化を開始したことだ。

 ところがわれわれの側は、見返りにすべきことを、誰も行っていない。特に日本は、まったく何もしていない。ロシアは昨年十二月までに重油五万トン供給するはずだったが、引き渡しが遅れている。実際、二月末まで到着しなかったのではないかと思う。

 さらに中国と韓国も、北朝鮮の通常型発電所の改善に必要な鉄鋼やその他の資材の形で、エネルギー供給に匹敵するだけの援助を行うことになっているが、両国とも引き渡しが遅い。そして米国には、対敵通商法に基づく制裁の緩和プロセスを促進することによって、約束した政治的代償を実行するという課題がある。

松尾 徹底した行動対行動の取引ということか。

シーガル そうだ。北朝鮮がわれわれに何を期待しているかを探り、それについて話し合うことが第一だ。核兵器を持っていること以外は誰よりもひどく弱い立場にある彼らとの交渉では、何か見返りを出さなければ何も得ることはないということだ。

 ●シリア問題は過去のこと

松尾 シリア問題は解決したのか。

シーガル これまでのどの合意にも、シリアへの言及はない。だがブッシュ大統領は、昨年七月と八月に北朝鮮がシリアで何をやっていたかを知っていた。イスラエルがわれわれに話したし、昨年八月にはボルトン(前国連大使)が、シリアに対する北朝鮮の核支援に関して警告する声をあげていた。にもかかわらず大統領は九月一日と二日にジュネーブで米朝交渉を行うためヒル代表を送った。イスラエルが核疑惑施設を攻撃しようとしていることを知っていた。そしてイスラエルは九月六日に爆撃を行った。米国は同月末までに、アナポリス中東和平会議への招請状をシリアに送った。つまり大統領は、北朝鮮とシリアの間で何があろうと、両国との協議を続ける決意だ。

松尾 なるほど。ホワイトハウスはすべてを承知していたわけだ。となると、シリア問題はさほど重要ではない、ということか?

シーガル 目下のところは、われわれの安全保障上の死活的に重要な問題ではない。つまりシリアで何があったにせよ、北朝鮮がシリアで原子炉建設を助けたにせよ、問題にはならない。この支援は、一九九四年十月締結の米朝枠組み合意が破綻した二〇〇二年十月に始まった。だが、イスラエルはそれを爆撃したと主張している。だから、それが何であったにせよ、もはや存在していないことになる。となると、どこに安全保障上の問題が残っているのか。まだ何か脅威があるのだろうか。つまり何があったにせよ、もはや過去の話ということだ。シリアに対する北朝鮮の支援のすべてを解明するために、これ以上無能力化を遅らせるのは得策だろうか?

 ●カギを握る燃料棒の補充

松尾 そうするとあとに残っているのはプルトニウム燃料棒の数の問題と言うことになるわけだ。

シーガル 約八〇〇〇本だ。寧辺の原子炉には燃料棒が約八〇〇〇本あって、その二〇〜二二%を取り出した。

松尾 だが、検証はできないのでは。

シーガル いや、査察官がいる。われわれは彼らがやっていることを知っている。

松尾 だが、彼らは取り出す作業を意図的に遅らせている。

シーガル ロシアと中国と韓国から代償として来るべきものが来なかったからだ。だから北朝鮮は、原子炉からの燃料棒の取り出しを遅らせた。これは本当だ。中国と韓国に聞けば分かる。そう、期限までに引き渡さなかった、と答えるだろう。

松尾 ロシアはすでに引き渡しを終えた。

シーガル その通りだ。いまや中国も、ほとんど引き渡しを終えた。韓国も、ちょうど引き渡し終わったところだと思う。たしかに、北朝鮮がその気になれば、交渉材料として、いろいろと悪さすることができる。燃料棒の取り出しを完全に中止することも、その一つだ。彼らは取り出しを遅らせた。われわれが約束を守らなければ、今度は、それを完全に中止することもできる。これが彼らにとって第二の梃だ。しかし、われわれには梃がない。梃を持っているのは彼らだ。正確には分からないが、一九九〇年初めに、彼らは交換用の燃料棒を三〇〇〇本ほど作ったようだ。約八〇〇〇本を全交換するだけの数は持っていないが、部分的に燃料棒を取り出した原子炉に、新しい燃料棒を入れることができる。

松尾 そうすると、重要なのは補充の燃料棒の問題か。

シーガル その通り。燃料棒の補充ができなくなるのは、五〇%以上取り出したときだ。つまり彼らは、依然として燃料棒の補充という梃を持つ立場にある。だからわれわれは、原子炉の燃料棒を完全に取り出すことを求めているわけだ。そうなれば新しい燃料棒を補充することはできない。そして第三の梃は、彼らが二〇〇二年にやったように、新しい燃料棒を補充した後、原子炉を再稼働させ、さらにプルトニウムを生産し始めることだ。

松尾 再稼働という奥の手か。

シーガル 以上の三つの措置が、それぞれ梃になる。だからわれわれは、原子炉の完全な無能力化を求めているわけだ。まだ彼らが行っていないのは、補充用燃料棒の廃棄だ。彼らが原子炉からすべての燃料棒を取り出し、手持ちの補充用の燃料棒を廃棄すれば、たとえ彼らがもっとプルトニウムを作りたいと思っても、すでに無能力化されている燃料製造工場を再開し、八〇〇〇本の燃料棒を新たに作らなければ、原子炉を再稼働することはできない。それには一年以上かかるだろう。

松尾 その意味で彼らは無能力化を遅らせている。

シーガル その通りだ。彼らは無能力化を完了しておらず、それを遅らせている。だがそれは二〇〇七年二月の共同声明の中の、われわれがすべき部分を行わなかったからだ。それに尽きる。われわれは対敵通商法に基づく制裁の解除を促進することを約束したが、それをしなかった。テロ支援国家リストから外すための手続きを開始することも約束した。たしかに開始はしたが、まだリストから外しておらず、先に述べたような意味での無能力化が完了するまで、リストから外すことはないだろう。

 ●政権に関係なく同盟まで望む

松尾 彼らは依然としてブッシュ政権と話をまとめる用意があるのだろうか。

シーガル もちろんだ。彼らは時間稼ぎなどしていない。明らかにシンガポールでブッシュ政権と取引をまとめることに合意した。問題は、米国側がそれを守るかどうか。また米国側がそうした場合、北朝鮮側が先に進むかどうかだ。

松尾 彼らには次期米政権まで待とういう気はないのか。

シーガル その気はない。喜んで賭けに応じる。もしわれわれがすべきことを行えば、無能力化は今年中に完了するだろう。やろうと思えば彼らは八月までに完了できるが、たとえ現在のペースで進んでも、遅くとも十一月には完了するだろう。そして核計画に関する申告も、もうすぐ行われるはずだ。

松尾 今年十一月か。

シーガル その通り。彼らはすでに、プルトニウムに関する申告を中国に提出した。北京で起きたばかりのことだ。そして中国は、間もなく行われる次の六ヵ国協議で、それを正式に提示するだろう。ウラン濃縮に関しては、すでに述べた通りだ。重要なのは、誰が真実を言い誰が嘘をついたかとか、罪と罰とかの問題ではない。日米の安全保障を促進するために、核施設の無能力化を完了し、濃縮施設を含めて次の段階で解体されることを彼らが了承したもののリストを手に入れることだ。

松尾 北朝鮮は、次期米大統領が誰になるか、気にならないのだろうか。

シーガル 北朝鮮側からその話は出なかった。こちらから聞くと、気にしない、という返事が返ってきた。次期大統領が誰になるのか、各国が気にしているが、北朝鮮だけは例外だということだ。彼らが気にしているのは、対北朝鮮政策の行方だけだ。誰が大統領になろうと、関与と和解の路線を守るかどうかだけが気がかりなのだ。

 ここで彼らが米国に求めているのは、関係正常化以上のものだ。外交関係よりも、もっと多くを望んでいる。彼らは、われわれが敵対をやめることを望んでいる。われわれが彼らの友人ないしは同盟者になることを望んでいる。政権の問題程度ではないという発想だ。

 とにかく米国との私的な接触を拡大したいというのが彼らの考え方だ。最近ではニューヨークフィルハーモニックオーケストラの訪朝が重要な事例だ。

松尾 たしかに、象徴的な訪朝だった。

シーガル 楽団の演奏は北朝鮮中に同時中継放送された。これは間違いなく北朝鮮国民に対するメッセージだった。

−−これらの米国人たちはいったい何者なのか? 彼らは友好的な米国人だ。彼らは自分たちの楽器を演奏するためにやってきた。爆弾を落としにきたのではない−−。

 そして、これを命じたのは金正日 だ。北朝鮮のテレビ・プロデューサーの誰かではない。彼は意図的に演奏を生中継で北朝鮮中に流して国民全員が見られるようにしよう、と言ったのだ。

 現在、私たち以外にも、さまざまな米国代表団の訪朝計画が進行中だ。

 それに、より良い取引をするために、彼らが米国の選挙を待っていたことは一度もない。現に彼らはミサイル問題でクリントン政権と最後まで交渉したし、現在はブッシュ政権と取引している。一九九四年十月の枠組み合意のときも、米議会選挙の数日前まで交渉して仕上げた。

松尾 なるほど。

 ●テロ指定解除は直接交渉で

シーガル 「北朝鮮は時間稼ぎをしている」という見方は、実際には米国側が動くことを望まない米国人が、それを正当化するための口実だ。米国が動けば次に北朝鮮が動くかどうか分かるだろう。これは米朝関係の実に基本的なパターンだ。それが何度も繰り返されてきた。われわれが前進すると北朝鮮は常にそれに応えてきた。例外は一度もない。断言できる。過去二〇年、時に応じてこのパターンが繰り返されてきた。逆に、米国がすると言ったことを行わない場合、北朝鮮は常に報復してきた。そして常に報復の方法は、核分野で何かするか、あるいはミサイル分野で何かするかの、二つのうちの一つだった。いつもそうだ。だがそれは常に、米国が動かないことへのしっぺ返しだ。それが起き続けている。

 二〇〇五年九月十九日に、米国が北朝鮮の外国口座の凍結を求めたときもそうだった。北朝鮮は、凍結を解除するまで六ヵ国協議に出席しない、と言った。われわれがそれに応じないと、彼らはミサイル実験を行い、核実験を行った。中止するよう中国が要請し、次には制裁の脅しをかけても、彼らは動じなかった。制裁を示唆する安保理決議に中国が賛成票を投じると、北朝鮮は核実験の準備を開始した。彼らは制裁も圧力も気にしない。われわれが求めるものを、それによって彼らに強いることは決してできない。同じことが、何度も繰り返されてきた。そろそろ悟ってもいいころだろう。われわれは彼らのやり方が好きではないとしても、彼らは圧力に耐え、われわれよりも多くの梃を持っている。ミサイルと核計画だ。

松尾 拉致問題を抱える日本は苦しい立場に立たされることになる。

シーガル 日本には、この夏の間を通じて北朝鮮と協議し、制裁を緩和する代わりに拉致問題の前進を図るという取引の時間がある。米国は拉致被害者家族に同情しており、日本を助けたいと思っている。だが米国が直接できることは何もない。北朝鮮側が望んでいるのは、この問題での日本との直接交渉なのだ。つまり日本が取引を行い、二〇〇二年の日朝平壌宣言に基づいて、北朝鮮と相互的な措置を取りながら前進することであり、できるかどうかは日本次第。もし日本がそうしなければ、拉致問題での前進は一切ないだろう。

松尾 それは厳しい。

シーガ?求@要するにこれが和解に向けて前進するために北朝鮮が日本と米国に求めている政治的な措置なのだ。

松尾 あなたは対敵通商法とテロ支援国リストに関して、ブッシュ大統領が十一月までに措置を取れると思っているのか?

シーガル 彼はどちらもやるだろう。それに大統領は、その意思を日本に伝えている。昨年四月のキャンプ・デービッド会談で安倍前首相に話したのだ。

松尾 昨年の話か。

シーガル もし米国がそうしないとすれば実に愚かなことだ。北朝鮮のプルトニウムが増えるだけだからだ。そんなことを誰が望むだろう。

松尾 その後、日本は福田首相に代わったが。

シーガル 私の見るところ福田首相は非常に利口だ。制裁が逆効果であることに気付くだろう。そのせいで日本は、安全保障問題でのけものにされているからだ。一方、北朝鮮側の立場も非理性的だ。日本が制裁を一方的に解除しない限り何もしない、と言っているからだ。彼らの観点からすれば、日本は事実上、六ヵ国協議に参加していない。

 ●韓国との関係も悪くならない

松尾 つまり日本の制裁解除が外交的な条件となるわけか。

シーガル それが北朝鮮の言い分だ。私の見るところ、北朝鮮は常に相互的な措置によって信頼を構築すべきだと考えている。つまり六ヵ国協議を通じた核の無能力化と申告の前進に対応して、制裁の緩和などが行えるはずだ、という意味だ。もし日本が六ヵ国協議でそうできなければ、平壌宣言に基づいて和解に向かうためには、双方が取るべき相互的な措置を独自に交渉しなければならない。ただ問題は現時点で北朝鮮は日本と話す気がないことだ。私は、そう見ている。彼らが日本は非理性的だと思っているからだ。これだけは確かだ。彼らが日本は非理性的だと思えば間違いなく彼らの側も非理性的になる。いままさにそうなっている。

松尾 だが彼らは米国との関係改善には自信を持っている。

シーガル その通りだ。だが日本にも同じことを望んでいる。もう一つ言いたい。彼らは韓国との関係もさほど悪くならないだろうと思っている。いま南北間で起きているのは、一過性の、ほとんどは口先だけの問題だ。韓国の李明博新大統領は、利口で真剣な人物だ。北朝鮮と問題を起こすことは望んでいない。北朝鮮側は彼はビジネスマンであり、ビジネスマンの考え方をする人物だが、政治家としての考え方を開始するべきだ、と思っている。李明博大統領は過去一〇年間の歴史を無視し、金正日が署名した二つの首脳合意、これらの厳粛な誓約に背を向けることはできない。

 私は北朝鮮は戦いたくてたまらないわけではない、と考えている。もし韓国が北朝鮮との裏チャンネルでの対話を開始すれば、彼らは何か前進する方法を考えることができる。すぐ事態を進展させるため分かりやすい手段は、春の植え付け用の肥料を北朝鮮に与え、口先での攻撃を控え目にし、和解のための追加措置に関する協議を開くよう求めることだ。

松尾 つまりこれはゲームの一部というわけか。

シーガル もし韓国側が首脳合意を破棄することに固執し先制攻撃に関して再び言及すれば、深刻な事態になりかねない。だが目下のところ、李大統領はそれを望んでいないと思う。だから私は、南北関係を心配していない。なるようになるだろう。韓国の指導者が米国よりも強硬な姿勢を取った最後の事例は、一九九四年のクリントン政権当時の金泳三大統領だったが、李大統領が、その轍を踏むことはないだろう。

 ●遺骨問題も交渉のきっかけに

松尾 そうすると、結局、日本独自の交渉がカギを握ることになる。しかし、この点で福田首相の足場は弱い。

シーガル となると北朝鮮側は日本に罵声を浴びせ、何もしようとしないだろう。現在の状況では、日本側が関与の方法を見つけない限り、彼らは日本と取引しようとしないだろう。方法はあるはずだが、日本が彼らと上品で静かに話をして福田首相がそれを良しとしない限り、うまくいかないだろう。制裁が機能しないのは明白だ。北朝鮮は大して困ってはいない。ただ進展を阻んでいるだけだ。とにかく日本としては早急に北朝鮮と直接話し合う道筋を見つける必要があると思う。拉致問題は、六ヵ国協議の対象にはならない。これは二国間問題だ。そして日本は拉致問題での前進と引き換えに、かつて金正日自身が合意した平壌宣言に基づいて前に進むことを考える必要がある。

松尾 私も平壌宣言は日本が持っている唯一といっていい外交的財産だと思っている。

シーガル 米国民は拉致被害者に同情している。助けたいと思っている。だが北朝鮮は日本との直接交渉に固執している。肉親がどうなったのかを家族たちが知るためには、日本自身が北朝鮮との和解に向けて動かなければならない。もし和解路線に動かなければ、肉親がどうなったのかは決して分からないだろう。拉致被害者が生きているとしても日本は決して取り戻せないだろう。取り戻す唯一の道は、北朝鮮と和解することだ。横田めぐみさんの遺骨問題も一つの突破口になりうる。安倍前首相によれば、遺骨は偽物だった。だがそれは、検査を行った結果、それが横田めぐみさんのものかどうか立証できなかった科学捜査当局の発言ではない。安倍氏がそう言っただけだ。それが事実だ。米国にも他の国にも専門家はいる。もっと国際的にも受け入れ可能な検査結果か出せるかどうか、試してみればいい。

松尾 要するに拉致問題で米国は頼みにできないということが、はっきりしてきたわけだ。 

シーガル 日本は米国が何をすることを求めているのだろうか。テロ支援国家リストから北朝鮮を外すのをやめて、北朝鮮の核計画を無能力化するための努力を中断させ、ひいては北朝鮮がもっと核兵器を持つようにさせたいのだろうか。一部の日本人はそう言っているようにも聞こえる。これは日本の安全保障にとって意味のないことだ。米国が北朝鮮を拉致問題で取引するようにさせるのは不可能だ。北朝鮮は、もし日本がわれわれと取引する気なら、拉致問題で取引する用意がある、と言っている。これから数ヵ月、日本には彼らと話す時間がある。米国が北朝鮮をテロ支援国リストから外す前に、日本は試してみるべきだ。

 日本国内に米国は信用できないという声が出ていることは知っている。しかし米国ができないことを米国に期待しても、それは無理だ。日本自身の取引こそが北朝鮮に対して拉致問題で譲歩させる唯一の手段なのだ。 

(翻訳・山口瑞彦)

  Leon V. Sigal 米国生まれ。エール大学卒業、ハーバード大学で博士号取得。米国務省政治・軍事局勤務、『ニューヨーク・タイムズ』論説委員などを経て現職。著書に米朝枠組み合意の背景を描いた,,Disarming Strangers:Nuclear Diplomacy with North Korea''など。

  まつおふみお 一九三三年東京生まれ。元共同通信ワシントン支局長。著書に『銃を持つ民主主義』(日本エッセイスト・クラブ賞)。

Wednesday, June 4, 2008記

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