2004_12_「アメリカという国」を考える(その二十三) ──ブッシュ再選の意味──(渋沢栄一記念財団機関誌・青淵)

渋沢栄一記念財団 機関誌「青淵」(二〇〇四年十二月号)

 

「アメリカという国」を考える(その二十三)

 ──ブッシュ再選の意味──

 

松尾文夫(ジャーナリスト)

 

 

 ブッシュ大統領の再選が決まった。

 私がアメリカの大統領選挙をジャーナリストとしてフォローするのは、ケネディとニクソンが史上初のテレビ討論で対決した一九六〇年の選挙報道を共同通信本社外信部の新米記者として担当して以来、十二回目である。もちろんそれぞれの年によって濃淡は異なる。任地やポストで必ずしも掛かりっ切りとはいかなかったからである。

 しかし、外信部記者を志した動機が「アメリカという国」を追いかけることであった私にとって、四年に一度の大統領戦は、どこにいてもジャーナリストとしての座標軸を提供してくれる大切なイベントであった。特にことしの開票日は、二年前に現役復帰を宣言、本連載を続けている立場から、久し振りに真剣勝負の場となった。

 本稿では、ブッシュ大統領が「中央突破作戦」で逃げ切ったドラマに接した興奮さめやらぬなかで、よみがえって来た歴史的背景を報告しておきたい。

 

 

 「南部戦略」というルーツ

 

 開票結果の決着こそ翌朝に持ち越されたものの、大統領選挙人数で三十四票差、一般得票でもケリー候補に三百五十万票差─といずれも四年前を上回る成績を上げ、しかも上下両院、各州知事でもがっちり多数派の地位を固めたブッシュ共和党の「完勝」を、CNNの解説者は「マグニフィシェント・ビクトリー(堂々たる勝利)」とコメントした。これを聞きながら、私は「南部戦略」ということばを思い出した。

 「南部戦略」とは、ニクソン.ホワイトハウスの一員だったケビン.フィリップス氏が六九年に発表した著書、「ジ・エマージング・リパブリカン・マジョリティ(多数派としての共和党の登場)」の中で打ち出した政治戦略。一九世紀の奴隷制時代から一貫して民主党の地盤であった南部諸州のインフラが宇宙産業などの進出によって生まれ替わり、全米から新たな中産階級が流れ込んでいる状況に注目し、この新南部人口を共和党側に取り込もうという計算で始まったことから、こう呼ばれた。

 しかし、実際にはもっと壮大で野心的な戦略であった。ニューディール時代のリベラルな諸政策の受益者として、長年民主党の忠実な支持基盤となって来た白人中産階級が「郊外族」として定着していく一方、第二次大戦後の技術革新のおかげで全米に広がった新たな産業エネルギーを追って南部をはじめ各地に散っていくなかで、保守化していく傾向全体を共和党側に取り込んでしまおうというシナリオであった。民主党から政治的多数派としての地位を奪回し、ニューディール以来のアメリカの政治インフラそのものを変えようという戦略であった。

 当時、民主党政権から引き継いだベトナム戦争からの「名誉ある撤退」を、「アメリカ兵の血は十分流れた。あとは南ベトナム政府軍にバトンを渡せばいい」とのベトナム人化計画の論理で実現し、七二年の大統領選挙での再選を果たそうとしていたニクソンにとって、この保守化した中産階級のエゴイズムに訴える戦略は至上命令でもあった。

 

 

 総仕上げとしてのローブ戦略

 

 しかし、この「南部戦略」は、六〇年代末から七〇年代にかけてのベトナム反戦運動、黒人差別撤廃運動、そしてその延長線上で始まった反体制運動の過激化というアメリカ社会の亀裂を前提とし、それに棹さしてのみ可能な路線であった。この事実を忘れてはいけない。

 つまり、長髪の学生が反戦デモで警官隊と衝突し、星条旗を踏みにじり、徴兵票を焼き、マリファナを吸い、ポルノ解禁、ゲイ容認を迫る「カウンター・カルチャー」と総称された運動が活発化すればするほど、愛国心に富み、道徳心・宗教心に厚い中産階級は、リベラル派が主導権を握る民主党ではなくて共和党のフトコロにかけ込んで来る─という構図のうえで組み立てられていた。

 ニクソン陣営は、この保守化した中産階級を「声なき声の多数派」と呼び、リベラル派知識人、労働組合、黒人運動、黒人団体、三大テレビ・キー局、ニューヨーク・タイムズ紙、ワシントン・ポスト紙以下の東部マスコミを「組織された声高い少数派」と決めつけ、非難することで再選を果たした。圧勝だった。

 こんどの最終結果、すなわち、フロリダから南部、中西部を経てネバダまでアメリカ大陸の中心部とアラスカを赤色で染めつくしたブッシュ獲得州三十一州、そのへりにはりつくようにニューヨークからシカゴ、カリフォルニア、そしてハワイと細く連なる青色のケリー州十九州と首都ワシントン─といった政治地図は、あの「南部戦略」が約三十数年の年月を経て、総仕上げといっていい成果を上げた証拠だ、とつくづく思う。あの後、アメリカ社会における貧富の差の拡大に警鐘を鳴らす多くの著作を発表、今回の選挙では強烈な反ブッシュの立場に立ったフィリップ氏は、彼が「サンベルト地帯」と名付けた地域の完全な主流派入りに、何を考えているだろうか。

 いま、かつての彼の役回りはブッシュ大統領の政治顧問、カール・ローブ氏がつとめる。三十年前の主役「郊外族」のさらに外側に居住する彼らの次世代者、「エクザーバナイト(新郊外居住者)」を中心とする、新版「声なき声の多数派」票の狩り出し、囲い込みに成功した新しい英雄である。この新保守層には、黒人も、ヒスパニックも含まれていることを忘れてはならない。

 そして、ローブ戦略でも、「南部戦略」時代と同じくニューヨーク・タイムズ紙、CBSのダン・ラザー・キャスター、ソロス、マイケル・ムーア、そしてオサマ・ビンラデン─といった「敵役」が働いた。今回、「同性婚」で突っ走ったゲイ・パワーは格好の標的となった。ブッシュ再選は、このアイロニーの完結でもあった。

 こうしたアメリカの二極化を懸念する声に、ブッシュ選対の一人は、CNNの公開討論で「心配する必要はない。アメリカは南北戦争を経験することで近代化の基礎を築いたではないか」と言ってのけた。自衛隊をイラクに派遣しているいま、「アメリカという国」の「銃を持つ民主主義」の全体像をとことん理解しなければならないと改めて思う。

(二〇〇四年十一月九日記)

© Fumio Matsuo 2012