2003_12_「アメリカという国」を考える(その十三) ──北朝鮮とアメリカとのチャンネル──(渋沢栄一記念財団機関誌・青淵)

渋沢青淵記念財団竜門社

機関誌「青淵」(二〇〇三年十二月号)

 

「アメリカという国」を考える(その十三)

─北朝鮮とアメリカとのチャンネル─

 

松尾文夫(ジャーナリスト)

 

 

 昨年のジャーナリスト現役復帰以来、アメリカに取材旅行に出掛けること四回、そのたびに耳にして気になっていた問題を報告しておきたい。アメリカが北朝鮮(北朝鮮民主主義人民共和国)との間に水面下できちんとした非公式パイプを持っているという事実である。拉致問題という深刻なトゲを北朝鮮との間にかかえる日本としては見過ごせない重要な動きだと思う。

 北朝鮮の核問題を協議する六ヵ国協議は、十月になって、アメリカのブッシュ政権がこれまで北朝鮮をイラク、イランとともに「悪の枢軸」と決めつけていた態度を軟化させ、北朝鮮に対する不可侵の約束の「文書化」に応じる態度を表明、これをまた北朝鮮側があっという間のスピードで受け入れた。従来にない具体的な進展も期待できる段階に入って来ている。しかし、アメリカ以外拉致問題をこの場にのせることに消極的である。それで、このレポートをまとめる気持ちになった。

 

 

 平壌の大学生のIT研修

 

 具体的にはっきりした事実を知ったのは、昨年九月末、ニューヨークを訪問したときである。小泉訪朝と平壌宣言調印直後で、ニューヨークのジャパン・ソサエティが手回し良く、「北朝鮮での小泉首相─日本とアメリカの外交政策についての影響─」と題する日米の専門家によるパネルディスカッションを主催していた。招かれて傍聴すると、最前列に北朝鮮の韓成烈国連次席大使と当時の韓国国連大使が仲良く一緒に並んで座っていて、ニューヨークならではだと感心した。そのあとのレセプションで、アメリカの友人に「東京ではまだみられない風景だ」というと、その友人は「ワシントンでも同じことだ。しかし、ニューヨークではわれわれは民間ベースで平壌とチャンネルをちゃんと持っているのだ」と胸をはった。

 そこで聞いたのが、平壌にある「金策工業総合大学」からITを学ぶリサーチャーをニューヨーク州の北部にあるシラキュース大学に受け入れる計画が進行中で、既に三月に「金策工業総合大学」の副学長ら二人がシラキュース・キャンパスを訪問、同年六月にはシラキュース代表団が平壌を訪問しているという話だった。目的は、北朝鮮派遣のIT専攻リサーチャーに対して、シラキュース大学側が、「デジタル・ライブラリー」、「マシーン・トランスレーション」、「ディシジョン・サポート」といったシステム・アシュアランスの基礎研修を行うことで、世界中のあらゆる人々と信頼関係を築くという同大学の方針に従ったものだという。十二月には六十人ぐらいが来るかもしれない、とこともなげだった。

 ことし一月にニューヨークに立ち寄ったとき、すぐチェックすると、昨年十二月には六十人は来なかったが、「金策工業総合大学」の教授ほか数人が来て、四月の計画について打ち合わせていったという。わずか三日間の予定で、しかも中国での黄砂とニューヨーク地方の大雪で到着がまる一日遅れたが、北朝鮮側は熱心にシラキュース大学側と合同調整委員会の設立で合意して帰ったという。

 七月の訪問時、重ねて聞くと話はさらに本格的になっていた。四月八日からなんと一ヵ月間、五人のリサーチャーと通訳兼プロトコール・オフィサーの計六人がシラキュース大学に滞在、「システム・アシュアランス」の各分野について本格的な研修を受けたという。シラキュース側は合計三十人の教授や大学院生、専門スタッフが応対し、ナイヤガラの滝やニューヨークの証券取引所見学などの親善プログラムも組まれたという。

 

 

 アメリカの軍かいてもかまわない

 

 四月上旬というと、イラク戦争の真っ最中。しかも日本と同じく国交もなく、公式にはブッシュ政権が対北朝鮮強硬路線をあらわにしていた時期に、こうしたアメリカと北朝鮮との民間交流が堂々と行われていること自体を直視しておかねばならないと思う。

 このプロジェクトのことを私に教えてくれた友人によると、この交流活動にはアメリカ側では資金提供者としてフォード財団など有力シンク・タンク、ビザを出す国務省、北朝鮮側では、韓次席大使を中心とする国連代表部が深く関係しているという。事実上、「民間交流」という名前のもとでの国を挙げてのアメリカと北朝鮮との公式友好行事に近い。

 こうしたアメリカ国内の動きは、一見ブッシュ政権の公式路線と矛盾するようにみえる。しかしつきつめると、金正日体制が崩壊したあとでも間違いなく残る北朝鮮のIT分野にアメリカの影響力を確保しておくことを狙ってのネオコンも

納得する一石といえなくもない。

 この「ブッシュのアメリカ」の、意外にもみえるしたたかな二枚腰の外交を忘れてはならない。

 九月末に入って、この友人と別件で電話で話すと、これから北朝鮮の女子サッカーを見にボストンまで行くのだという。九月二十日から全米六都市で開催された女子ワールドカップに日本など十四カ国とともに北朝鮮が参加していたことは、スポーツ欄で報じられていた。

 しかし、北朝鮮チーム参加のコストはアメリカ側スポンサーが負担した、との彼の一ことにひっかかった。アメリカ側の「パイプ」維持への強い意欲を感じたからである。

 すくなくとも拉致問題で直接の「パイ

プ」を失って、最後はアメリカ頼みとなっている日本の外交にとって見逃すことは許されない動きだと思う。

 折から、アメリカの前朝鮮半島和平担当大使、チャールズ・プリチャード氏がロンドンでのセミナーで、在任中の平壌訪問の際、北朝鮮側が、アメリカ軍の朝鮮半島での駐留を認める意向を示してきている、と語ったというニュースが流れた。三年前の金大中・金正日会談の時も金正日総書記は「アメリカ軍が残るのがいい」と発言した、という。

 かつて日本の頭上を越えて行われたニクソンと毛沢東の握手を思い起こしておいてもムダではないと私は思う。

© Fumio Matsuo 2012