第25回 アジア系市民の影響力増に注目を ーオバマ再選で定着した「多元化」の意義ー 2

 オバマ大統領は、新年とともに強制的な歳出削減と大型減税の打ち切りが重なる「財政の崖」の乗り切りで、下院を支配する共和党との間で包括的な妥協を果たせない中途半端な状態で、新しい年を迎えた。富裕層への増税という公約はかろうじてつらぬけたものの、歳出削減は先送りされ、早くも2月中には債務上限の引き上げで共和党との合意が出来ないと、アメリカの財政がデフォルト(債務不履行)、つまり破産するという新たな「崖」に直面している。

 2期目のオバマ政権の命運を左右しかねないこの「政府の役割」を巡るアメリカ版ねじれ現象の分析には時間がかかり、次回を待ちたい。本稿では、オバマ再選がアメリカ政治全体にもたらした「構造的な変化」の意義を報告しておく。安倍政権が日米同盟の再構築を打ち出す中、中国、韓国との「領土問題」などを巡る緊張に「多元化した」アメリカが関係してくる可能性を秘めているからである。

マイノリティー多数派時代のさきがけ

 第一の意義は「アメリカという国」の国の形の変容が実証されたことである。建国以来「移民の国」として人種の多様性を誇りながら、アフリカから南部諸州での農業労働のための奴隷として「輸入」した黒人を差別し続けてきたアメリカで、四年前初の黒人大統領として登場し、その歴史を変えたオバマ大統領が八年間の任期を全うすることによって、その多様性、多元性が大統領制にも定着することになったからである。つまり、黒人差別が制度的に完全に過去のものとなる中、アメリカの政治の流れを変える新しい有権者グループが姿を現したということである。

 次ページにかかげたワシントン・ポスト紙のウェブがまとめた全国の投票所での各種出口調査の集計結果で、まず注目すべきは、オバマ大統領が女性票でロムニー候補に11%の差をつけた点と、ヒスパニック票で71%対27%という大差をつけたことである。唯一ロムニー候補が上回ったのは男性票、しかも白人票だけで、共和党のこれからの「構造的な危機」が明らかになっている。

 この流れを裏付けるような統計が昨年の12月12日、連邦政府国勢調査局から「2010年の国勢調査に基づく最新の予測」として発表された。これによると、現在63%を占める白人の人口が、約30年後の2043年には半数を割り、60年には43%まで低下するのに対して、高出生率のヒスパニックの割合は現在の17%から31%に上昇、白人にあと12%まで近づく。さらにアジア系も5.1%から8.2%に、黒人も13%から15%にそれぞれ上昇するなど、いわゆるマイノリティーの総計が多数派の地位を占める。突き詰めると有権者の構成が変わりつつあるということである。オバマ再選はその象徴と言える。

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従軍慰安婦問題再燃の可能性

 ここで、第二の意義として、私が重視するのが、出口調査でアジア系がヒスパニック系を上回る73%対26%という数字でオバマ大統領を支持しているという事実である。1965年にはわずか1%弱だった中国系を筆頭とするアジア系市民の伸び率が国外からの新規移民ではヒスパニック系を抜いて第一位、国内出産組の出生率も高い。しかも新規移民の60%以上が大学卒と高学歴で、所得が高いこともあって、カルフォルニアニア州を中心に西海岸地域では地方自治体レベルから強い政治力を発揮しつつある。

 昨年9月のアメリカ旅行の最後に訪れたスタンフォード大学アジア太平洋問題研究所では、長年の友人である幹部から「日本ではヒスパニック系市民の影響力だけに目が行っていて、気づいていないのではないか」と前置きした上で指摘されたのが、このアメリカ国内でのアジア系市民の影響力の高まりだった。同氏によると、今後尖閣や竹島問題を巡る中国、韓国と日本との係争では、アジア系市民が中国や韓国の主張に賛成ないしは同調する可能性が否定できないという。

 既に韓国との間の従軍慰安婦の問題では、第一次安倍内閣時代の2007年7月、米下院本会議が日系のマイク・ホンダ議員(カルフォルニア州選出)が提出した日本の首相に謝罪声明を求める決議案を採択した過去がある。この年の3月に安倍首相が1993年の「河野官房長官談話」見直しととられる発言をしたことへの反発だった。

 既に韓国は国連総会で「女性の尊厳に対する冒涜」との一般的な主張で「法的には解決ずみ」とする日本を追い込む新しい路線を展開している。この関連で、米議会ではこの1月から定数100人の上院の5分の1、つまり20人を女性議員が占める歴史的な状況が生まれている事実も忘れてはいけない。

 第二次安倍政権にとっては、その保守派路線に対して6年前に比べて中国系、韓国系市民からの反発が一段と高まる可能性を持った「オバマのアメリカ」の国内政治状況を、きちんと捉えることが急務と思われる。

渋沢栄一記念財団機関誌「青淵」2月号時評より)

2013年2月2日


© Fumio Matsuo 2012