第31回 アメリカ・ウォッチ   レーム・ダック化が懸念されるオバマ政権の行方   ー 「タオルを投げた」との説まで流れる受け身の日々 ー   (pdf版はこちらから) 2


 今回は、久しぶりにアメリカのオバマ大統領が直面している試練について報告しておきたい。九月第一週の労働祭の休日明けとともに本格化する中間選挙戦を前に、早くもその政権担当の「レーム・ダック化(役立たずの政治家)」の可能性を懸念する声が高まっているからである。安倍政権が日米同盟深化のためにと集団的自衛権の憲法解釈変更にまで踏み込む折から、日本にとって見逃せない局面である。

●上院も共和党支配か

 結果が違ったものになる危険を冒して、現在の段階での様々なアメリカの世論調査専門家や機関の予測をそのまま伝えておくと、七月末の段階で、現在与党民主党が五五議席(民主系の無所属二を含む)対四五と一〇議席の差で共和党を抑えている上院議席数で、改選対象の三五議席(民主党二一、共和党一四)をめぐる戦いで、共和党が六議席増やし、非改選議席と合わせ五一議席の多数を獲得する確率がかなり高いと見られている。四三五の全議席が改選される下院では共和党が引き続き多数を維持するとの見方が圧倒的で、共和党による両院完全支配が実現する可能性が高いという。

 二〇一二年の大統領選挙の際、五〇州全州の予測が的中したことで有名なネント・シルバー氏は共和党が少なくとも六議席増やして、過半数を握る公算が強いと分析しているという。バージニア大学の専門家ラリー・サバト教授も共和党が既に四議席増を確実にしており、あと二議席に迫っていると予測している。他に共和党が最大八議席を獲得するとするスチューアート・ローゼンバーグ氏、「六〇%以上の確立で共和党が上院でも多数派になる」と予言するチャーリー・クック氏――と軒並み党派を超えた予測が一致している。

●夕食会に逃げているのでは?

 この予測通りに推移すると、オバマ大統領にとっては、二〇一〇年の中間選挙戦で下院の多数を失って以来の大ピンチの到来である。八月の支持率の平均は四一・一%、非支持率五〇%とさらに落ち込み、ベイナー議長をはじめとする下院共和党幹部との関係はこの支持率の低下に比例して悪化。昨年来中米諸国からの「子どもだけの非合法移民」がメキシコ経由テキサス国境に殺到し、人道問題化しているため、昨年に上院を通過している包括的移民改革法の成立には下院通過に努力するものの、その他の立法提案はすべて断念する「冷戦」状態に陥っている。こうしたあおりを受けて上院の専権事項である大使人事の承認手続きも遅れがちで、なんとアフリカ諸国へのアメリカ大使の四分の一が空席だという。

 一番深刻なのは、オバマ大統領自身が議会との長い折衝に疲れ果て、大統領という仕事に対して「やる気」をなくしつつあるのではないかとの論評が出てきていることである。タイム誌に常設コラムを持つベテランコラムニストのジョー・クライン氏は七月二八日付け同誌上のコラムで、オバマ大統領は大統領の仕事に「やる気」をなくし、「タオルを投げ込もうとしている」のではないかといった話が飛び交うようになって来ている。オバマ大統領は有名人や知識人との深夜に及ぶ夕食会をたびたび開くようになって来ており、仕事の重圧から逃れようとしているのではないか――と書いている。    

●深いジレンマのなかのオバマ

 同氏は決して共和党系の人物ではなく、反オバマの立場ではない。それだけに子どもの難民が押しかけるテキサスの悲惨な現場視察を「写真のためだけに行っても仕方がない」と拒むホワイトハウスの態度を批判することから始め、「政権担当最後の二年間で何かを達成しようとするなら、防弾チョッキのような上着を着た広報官の後ろに身を隠し、厳しい現場に立つのを避けるようなスタイルは変えねばならない。彼が国民の信頼を取り戻すためには、なにかドラマチックな行動を必要としている」といさめるクライン氏の忠告は重い。事実、マレーシア航空機が東部ウクライナ上空で撃墜された夜、オバマ大統領はニューヨークで二つの政治基金集めパーティーをはしごしていた。

 しかし、アメリカ経済は手堅い復調を続け、ダウ平均も高値を維持し、ニューヨーク市では窃盗事件が二〇年前より九六%も減少、全米の都市での凶悪犯罪、麻薬犯罪も六四%減り、人口も二〇〇七年以来初めて上昇に転じた。しかも一〇代の未婚妊娠率は一九九〇年代から五一%も減少――と「アメリカという国」の状態は決して悪くない。懸案だったオバマケアもなんとか軌道に乗りつつある。私はいわゆる「アメリカ衰退論」はとらない。もし民主党がヒラリー候補でまとまると、次の大統領選ではこれまた史上初の女性大統領の実現という、アメリカの多様性が花開く可能性が高い。

 しかし、今オバマ大統領に突きつけられているのは、ウクライナをめぐるプーチンとの対決以下、「世界の警察官」を返上したアメリカにとっては、どちらを向いても簡単に出口が見つからない苛酷な国際情勢である。イラクでは再び武力行使に追い込まれた。アメリカ史上初の黒人大統領として歴史を変えた内向きの実績だけで満足するのかどうか――安倍外交が今向かい合っているのは、この奥深いジレンマに日々悩み続けるアメリカ大統領であることを忘れてはならない。

 来年はそのアメリカとの戦争に破れて七〇周年。「アメリカという国」を捉えきることが改めて試練となる。

            (二〇一四年八月一五日記) 

渋沢栄一記念財団機関誌「青淵」9月号掲載

    

© Fumio Matsuo 2012