2004_10_「アメリカという国」を考える(その二十二) ──アメリカ経済と選挙──(渋沢栄一記念財団機関誌・青淵)

渋沢栄一記念財団 機関誌「青淵」(二〇〇四年十月号)

赤字は校正不能

「アメリカという国」を考える(その二十二)

 ──アメリカ経済と選挙──

 

松尾文夫(ジャーナリスト)

 

 

 アメリカ大統領選挙のウォッチで、いつも欠かせないのが経済情勢の動向である。アメリカ国内の景気が上向いているのか下向いているのか、物価は上がるのか下がるのか。インフレ傾向かデフレ基調か。住宅ローンの利子はどう動くのか。増税、減税のいずれが待っているのか。そして失業率のカーブはどっちを向いているのか──といった国民生活と直結する経済情勢は、次の四年間を託する大統領選びの大きな大きな要素となる。

 私にとっては専門外ながら、一度は分析しておかねばならないテーマである。

 特に今年の場合、昨年来順調に拡大を続け、ブッシュ大統領の再選戦略にとって「追い風」要素として、自他ともに認められていた景気が第二四半期の諸数値に「減速」と受けとめることも可能な内容が出て来たこともあって、目が離せなくなった。国民生活にその影響が直結する原油価格が高騰し、七月の雇用増は、わずかに三万二千人、四~六月の第二四半期GDPが三%台──といずれも予想を下回る低水準を記録した事実は、ブッシュ政権にとって思いがけない展開となった。

 

 

 二つの「解釈」が可能

 

 ブッシュ政権も、さらにはグリーンスパン議長以下のFRB当局も、当面はいぜん強気である。アメリカ経済の良好なファンダメンタルズ(高い生産性、企業収益の好調、低金利政策)は変わっておらず、消費者心理を冷やした石油価格の高騰さえ収まれば、第四四半期には予想通り三%台後半から四%の成長を保つことが出来る──との立場を維持している。ニューヨークの有力なマーケット・エコノミストたちの間でも、基本的にはこうした楽観論を支持する意見が多数を占めているといわれる。

 しかし、これには、共和党系のエコノミストの間からも懐疑的な見方が出ている。ウォール・ストリート・ジャーナル紙の八月の調査では、第三四半期、第四四半期の成長見通しについて、それぞれ三・八%、四・一%と六月時点での同じ調査での予測より下方修正されている。

 経済成長の最大のエンジンである実質可処分所得を自律的拡大するための条件 である雇用絶対数、平均雇用時間の増加、実質賃金の上昇、自営業者の所得増──といった条件の達成が難しいのではないか、という訳である。

 エネルギー価値の不安定感のみならず、株価の低速、大接戦となった大統領選挙、テロの脅威といった不確定要素、さらにはブッシュ大幅減税効果の終末感、そして三・三%台は確実となったインフレ退治のためにとFRBが踏み切った利上げ状況──と景気の足を引っ張る要素には事欠かないからである。

 つまり、政治的な立場を越えて、専門的に二つの「解釈」が成り立つ微妙な状況となっているわけである。

 とりあえず、十一月二日の投票日まであと二回、九月三日と十月八日に予定されている八月と九月の雇用者統計数字の発表をエコノミストのみならず、キャンペーン関係者のすべてがかたずを飲んで見守る形勢となっている。

 

 

 一人勝ちの皮肉

 

 ここで、「減速」気配をもたらした主役である原油価格の高騰という「不透明要素」について報告しておきたい。

 基本的な原因は、世界的な経済活動の拡大、つまり、先進国での景気の回復と、中国を筆頭とする新たな成長経済が登場した結果、世界の石油使用量が増え、需給関係がひっ迫するという構造にある。この結果、さまざまな投機活動が可能となり、石油市場での価格が一バレル当たり五十ドルという実質可処分所得への悪影響がはっきりする水準にまで迫る「最高値更新」が次々と飛び出すことになった。IEAが発表している二〇〇四年の世界需要見通しも、今年に入って立て続けに上方修正され、六月時点で前年比二・九%増と一九八〇年以来の高い伸び率を示している。

 したがって、七月のイラクを除くOPEC十ヵ国の生産量は、二七七一万b/D。稼働率九四・四%とフル生産に近いひっ迫した需給関係のなかで、ロシアの石油産業を代表する「ユコス」が脱税容疑による莫大な追徴課税で経営破たんに追い込まれたことは大きな事件であった。

 一大産油国であった旧ソ連時代のシステム崩壊を民営化で再建し、「ユコス」を中心にロシアは昨年、年間原油生産量でサウジアラビアを上回る世界一の産油国としての地位を築いていたからである。

 いぜん「ユコス」の操業は維持されており、ベネズエラの政変回避、サウジ以下OPECの増産協力のもと、実際の需給面では問題がないものとみられている。ただし、「ユコス」破たんは、投機筋にフセイン政権時代の実績回復のメドも立っていないイラク石油の不安定要因ともども、絶好のチャンスを与えてしまった。

 こうした原油価格の変動をウォッチしながら、一つ感じるところがある。旧ソ連との東西冷戦に勝利したおかげで、イラク戦争を強行することも可能となった。「ブッシュのアメリカ」にとって、このロシア石油の異変は、一向に治安が定まらないイラク占領、石油を使いまくる中国経済のマーケットエコノミー化とともに、その足元をすくいかねないアメリカ一人勝ちのもろさをみせつけることになったからである。

 

 

 広がる貧富の差をどうする?

 

 今回、不十分ながらアメリカ経済の勉強をして最後に触れておかねばならないと思うことがある。おおい隠しようもない貧富の差の拡大が、ブッシュ対ケリー、共和党対民主党──というかつてない二極化の対決となっているアメリカ政治情勢のなかで、今後どのようにして収拾されるのか──との大テーマに対面してしまったからである。

 ここでは、七月末から八月にかけウォール・ストリート・ジャーナル紙が報じた事実だけ報告しておく。まず、減税、株価高、高い企業収益、高配当など高い納税をおぎなってあまりある恩恵にあずかる富裕層、つまり高所得のトップ一〇%の世帯数が全体に占める割合は、一九八〇年の三三%が、一一〇〇年には四四%に、さらに一〇八八年には年収十万ドル以上の世帯数は五百万だったのに対し、二〇〇二年には三倍強の一六〇〇万世帯に──といった数字を上げている。同紙はこうした豊かな層が景気回復のけん引車になっていることを認めたうえで、「二つのアメリカ」の存在は今年の大統領選挙で有権者にはっきり意識されるだ ろう──とコメントしている。

 第二四半期以降の景気の「減速」も、高級車が飛ぶように売れ、そして保養地の一泊六百ドルもする高級ホテルが十月まで予約でいっぱいといった具合に、高所得者には無影響であるという。これに対して、庶民向けのスーパーでは、シーツ、マクラ、タオルといった二次的商品の売り上げが急落し、ガソリン価格の上昇とともに中下層に強く実感されている と、報じている。

 同紙とNBCの最新調査でも、ブッシュ大統領の経済運営には多数のバツ印がついている。先月号で報告したように、あえて「ベトナム英雄イメージ」で勝負に出たケリー民主党が果たして、経済面でのこのブッシュ守勢につけ込めるのか? ケリー戦略の不可解な部分である。

© Fumio Matsuo 2012