第34回 アメリカ・ウォッチ 「トランプ現象」の奥深さ、サンダースとの共通点も ーオバマ広島献花で新たな日米関係の展開をー (渋沢栄一記念財団機関誌『青淵』2016年6月号)


 久しぶりにアメリカのことを書かねばならない。しかも今年の大統領選挙で間違いなく主役の座を占めることとなった「トランプ現象」という特別の政治的意味をもつドラマについてである。ことによったらアメリカ政治の大きなとなる可能性まで秘めている。

 

 私にとって、今年のアメリカ大統領選挙戦は、東京日比谷の共同通信外信部でケネディとニクソンが初めてのテレビ討論で対決し、ケネディが勝利した一九六〇年の選挙戦を、新米の外信部記者としてカバーして以来一四回目。最初のワシントン特派員時代の一九六八年、ジョンソン民主党政権がベトナム戦争拡大策で自滅し、代わって三年後には米中和解を達成して世界を変える共和党のニクソン登場を取材して以来の「面白さ」となることは間違いなさそうである。

 

 本稿執筆段階で、民主党はアメリカ史上初の女性大統領の椅子を狙うヒラリー・クリントン女史の指名獲得がほぼ確実な情勢となっているものの、「社会主義者」を名乗るサンタースの運動が衰えず、その白人中心の青年層がすんなりヒラリー支持でまとまるかどうか不安視されており、七月の党大会、さらに秋の本戦での基盤を固めていない。これに対し、トランプ側は対抗馬の撤退で、指名は確実となり、気がつけば、あとはその過激色を「正常化」することで共和党内主流派の支持を取り付けるか、特にライアン下院議長との調整が鍵を握る段階に一歩先にすすんでいる。事実、五月中旬の世論調査ではヒラリーと拮抗するところまで追い上げている。

 

●意外なニューディール型政策

 

 トランプ現象を理解するには次の二つの視点が必要である。

 

 第一に、国勢調査局が二〇一五年九月に発表したアメリカの所得と貧困についての年次報告書によると、前年度の貧困率は一四・八%で〇七年から二・三%上昇、貧困者は四六七〇万人を数えた。このしわ寄せを一番受けているのが、学歴が高卒以下の下層中産階級で(失業率だけでも全国平均の五%を上回りさらに高卒未満の場合は九%と高くなる)、特に白人労働者が多い共和党支持者の間ではその格差は大きい。こうした不満のはけ口としてトランプ氏が数重なる女性問題などでの暴言・失言にもかかわらず人気を集め続けているのである。彼らの職を奪う「移民」、それから政府の優遇措置を受けるヒスパニックや黒人などのマイノリティに対するトランプ氏の激しい攻撃が効果を上げているのもこのためである。

 

 第二に、トランプ氏の主張には、意外にも医療保険・社会保障の充実を主張し、財政出動による道路などのインフラ整備など、ニューディール型の政策が並ぶ。共和党主流派が指名戦最後の段階であえて支持したティー・パーティーグループの最も過激な存在であるクルーズ氏の「小さな政府」路線とは正反対の主張となっている。つまり突き詰めると、民主党側で依然としてヒラリー候補を学生たち青年層の支持で脅かし続けているサンダース上院議員の「社会主義路線」と共通点があることを知っておかねばならない。

 

 共同通信のかつての同僚であり、この春から青山学院大学の地球社会共生学部教授として教壇に立ち、日本のアメリカ研究に新風を吹き込んでいる会田弘継氏は、この共和党のジレンマについて「白人労働者階級を民主党から引き剥がして、「小さな政府」と減税による繁栄追求で保守黄金時代を築いたレーガン大統領以来の伝統が維持困難となり、白人労働者たちは政府に救済を求めている。大企業中心の繁栄追求の経済体制は中流階級に恩恵をもたらさない。「トリクルダウン」(上が富めば下に滴り落ちる)という新自由思想的発想は効かなくなった」と分析していることを紹介しておく。

 

 ちなみに、この「トリクルダウン」の考え方は、現在のアベノミクスが採用しているもので、この指摘は現在のアベノミクスの立往生状態との関連でも興味深い。逆に言えば、トランプ現象は世界的な広がりを持つ可能性を秘めているともいえる。私は九月下旬、中西部の中心州で「大統領を決める州とも言われるオハイオ州を取材する。 

 

●真珠湾献花でお返しを

 

 本稿脱稿直前、伊勢志摩サミットのあとオバマ大統領が現職大統領として初めて広島を訪れ、原爆平和記念碑に献花することが正式は発表された。歴史的な出来事である、私は二〇〇五年以来、ドイツのドレスデンでの和解に倣って、日米首脳も広島・真珠湾での相互献花を行い、死者を弔う、日本流にいえばお線香をあげるといういまだ実現していない日米間のを抜く儀式を行うべきだと日米双方のマスコミで提案してきた。この問題は、本時評欄でも度々取り上げてきた。そのため本稿でも取り上げようと思ったものの、締め切りの関係で果たせず、五月一二日の毎日新聞朝刊にアメリカ大使として初めて広島献花に踏み切ったルース前大使ともにインタビューに応じているので、読んでいただければ幸いである。

 

 今は大統領の献花によって、世界初の原爆犠牲者を出した日本の戦争被害者全員への鎮魂の儀式が無事行われることを祈る。そして安倍首相もハワイのアリゾナ記念館への返礼献花の意図を明らかにし、この日米新時代を背景に、オバマ広島献花に「日本人が被害者の顔をするのが許せない」との反応を示す韓国・中国内に今も残る棘も取り除く包括的な東アジア和解達成への道が切り開かれねばならない、と思う。

 

(2016年5月14日記)渋沢栄一記念財団機関誌「青淵」6月号掲載

    

© Fumio Matsuo 2012