本来なら今回は、すでに予告したように、昨年12月13日の硫黄島現地訪問の報告を写真付きで行うはずだった。 しかし、新年を迎え、愛読しているウォール・ストリート・ジャーナル紙ニューヨーク版の元旦付けから紙面のサイズが一回り小ぶりになり、それだけクォリティペーパーとしての記事の重厚さが引き立つようになった紙面をめくっていたら、やはりこのブログとして発信しておかねばならないと思う記事が目に飛び込んできた。
― アメリカ、北朝鮮とともに反対 ―
世界の誰もが知るアメリカ外交界の長老4人が、『アメリカは核拡散の危険が高まっている今こそ、世界の核兵器廃絶に向けての大胆な、新しいイニシアチブを発揮するときがきた』との提案を連名で発表していたからである。北朝鮮の核の脅威にさらされている日本にとって、注目しておいた方がいいアメリカ指導層の変化だと思う。 アメリカは、1994年以来、毎年、国連総会本会議で、日本がイニシアチヴをとって、毎賛成多数で可決されている、『すべての国が核兵器を全面的に廃絶することを求める決議案』で反対にまわつて来たことで知られる。 昨年12月6日に13年連続で賛成167カ国の圧倒的な多数で可決された核兵器廃絶決議案にも、アメリカはインド、パキスタン、そして北朝鮮とともに反対に回った。 昨年の場合、北朝鮮の核実験非難も折りこまれたが、アメリカはこの部分には賛成ながら、全体には反対という苦肉の策を講じていた。 ちなみに中国は、イラン、イスラエルなど8カ国とともに棄権である。 注目しておきたいのは、この国連でのアメリカの反対路線がブッシュ共和党政権の発足とともにはじまったという事実である。 日本が同決議案でイニシアチブをとり始めた1994年のクリントン民主党政権下ではアメリカは棄権、その後、1995年から2000年までのクリントン政権中はすべて賛成票を投じている。 それだけに、民間レベルとはいえ、この連名寄稿のような超党派の有力者の主張が公になること自体、北朝鮮やイランの核の脅威を、アメリカ指導層がいかに深刻に受け止めているかを示す証拠とみることが出来るだろう。 同時に、昨年秋の中間選挙で民主党多数派の議会が登場した状況の中での、ネオコン色を脱して超党派外交に路線が転換する兆しと受け止めることも可能だろう。 勿論、こうした核拡散への危機感の延長線上には、この4人に名前を連ねているキッシンジャー氏がかねてから予言している『日本核武装の可能性への危惧』が含まれていることは間違いない。 今のところブッシュ政権の反響は明らかでない。 しかし、この連名寄稿の末尾にある(注)によると、最近スタンフォード大学フーバー研究所のシュルツ氏らが主催して、20年前のレイキャビク首脳会談でレーガン、ゴルバチョフの両首脳が話し合った核兵器廃絶というビジョンを再考するための会議が開かれたという。 同会議に参加し、この再考提案に賛成した識者として紹介されている18人の中には、アマコースト元駐日大使、オーバードルハー記者ら旧知の名前もある。 アメリカ流の政策変更提言のメカニズムが動き出している感じがする。 今月末、またアメリカに調査旅行に出かけるので、こうした考え方の背景もとらえてきたいと思う。 日本のメディアは、なぜかこの連名寄稿を報道していない。 以下、とりあえず連名寄稿の骨子を紹介しておく。
― 米ソ間の相互抑止は通用しない ―
問題の記事は1月4日付のウォール・ストリート・ジャーナル紙オピニオンペイジ(A15ページ)に、シュルツ元国務長官(レーガン政権)、ぺリー元国防長官(クリントン政権)、キッシンジャー元国務長官(ニクソン、フォード政権)、ナン上院軍事委員会委員長――といった米外交界の超党派の大物OB4人が連名で寄稿したもので、北朝鮮の核実験、イランの核兵器開発につながるウラン濃縮計画の停止拒否といった動きに象徴される核拡散に歯止めがかからない新たな危険な核時代が到来している事態に対処するため、米国が率先して指導権を発揮し、世界のすべての核兵器の廃絶を目指す大胆なビジョンを示すときがきたと呼びかけている。 特に世界的なテロの時代を迎え、核兵器が国家に属さないテロリスト・グループの手に入る危険性が高まつている折から、東西冷戦時代にアメリカと旧ソ連の間で核兵器の使用を相互に抑止することに成功してきた“相互確証破壊(MAD)”戦略の継続は難しくなったとの認識のうえに立って、『今後50年間、新たな核兵器保有国と世界は、冷戦時代のアメリカと旧ソ連と同じような幸運を持ちえるであろうか』と分析し、、実際に核兵器が使われる危険が劇的に増しているとの危機感を表明している。
― 1986年のレーガン・ゴルバチョフ会談までさかのぼろう ―
連名寄稿は、その上で、すべての核兵器廃絶のテーマが取り上げられ、合意の寸前まで行きながら、レーガン大統領で“スターウォー”と呼ばれた戦略防衛構想(SDI)の継続に固執し、決裂した1986年のアイスランドの首都、レイキャビクでの当時のレーガン大統領とゴルバチョフ書記長との首脳会談の実績に立ち戻り、すべての核兵器の廃絶というビジョンをもう一度、米国の責任において全世界に呼びかけ、そのコンセンサスをえるように努力するときがきた、と提案している。 そして「いま再び全世界からの核兵器の廃絶というビジョンを掲げ、この目標実現のための現実的な措置を提示することは、アメリカの道徳的な遺産から生まれた大胆なイニチアチブと受けとめられ、将来の世代の安全に極めて前向きな影響をあたえるだろう」と締めくくっている。 4氏の連盟投稿は、さらに核拡散防止条約(NPT)自体が核兵器の廃絶を目標としていることに触れ、NPT強化のためのさまざまなイニシアチブや国連常任理事国やドイツ、日本が、北朝鮮、イランの非核化のために努力していることを評価した上で、NPTの精神と20年前のレイキャビクでのビジョンを追求していくために必要な『現実的措置』の積み重ねの実例として、 (1)すべての核保有国の指導者が核兵器なき世界を目指すという目標に向かって共同作業として取り組み、強い努力を続けること。 (2)現在、実戦配備されている核兵器の偶発的、あるいは権限のないものによる使用の危険を極小化すること。 (3)すべての核兵器保有国が核兵器の規模を大幅に削減すること ―― などなど8項目の実行を提唱している。 〔2007年1月17日)