— 3回のテレビ討論で、どちらが「レーガンの成功物語」を手にするかー
●「ペイリン効果」、マケインの追い上げ
またまた更新を怠っているうちに、アメリカ大統領選挙戦はまれに見る接戦ムードの中、最終局面を迎えています。
気がついてみると、今年の大統領選挙戦については、1月4日執筆の第11回で、“「ブッシュ抜き、イラク戦争抜き」で戦われる可能性—2008年大統領選挙展望—”と題して包括的な報告をした後は、5月15日執筆の第12回で“大統領選挙戦に持ち込まれた「黒人差別」の呪縛(上)”と題して触れただけでした。この少なさは反省します。しかし、幸いにして、本稿ではこの二つの見出しの延長線で報告できる状況となってきました。
9月11日現在での情勢をまとめますと、共和党大会でアラスカ州の44歳の筋金入り保守派女性知事、サラ・ペイリン女史を副大統領候補に起用したマケイン候補の「奇策」が今のところ大成功を収め、8年間のブッシュ政権の不人気、経済の低迷、イラク戦争の長期化と言った、いわゆる「逆風」を跳ね返し、昨年の予備選挙以来、初の黒人候補として高い人気を維持してきたオバマ民主党候補相手に追い付き、善戦しているということに尽きます。もしペイリン候補が東部マスコミの集中砲火にも耐えて、生き残ることに成功したとすると、このままマケイン候補が逃げきり、栄冠を手中に収める可能性も否定できなくなってきている情勢です。
各種の全国支持率調査でも、マケイン候補はオバマ候補にほぼ追いつき、ギャラッ?v調査などでは逆にリードする数字が出ています。
● 勝敗分ける10の「接戦州」
アメリカの大統領選挙は、全国の一般投票の多数で決まるのではなく、州ごとの大統領選挙人の数が過半数の270を超えた候補が当選者となる独特の制度の下で行われています。したがって50州のうち、ニューヨーク、テキサスなど投票前から民主党、共和党のどちらかに行くことが決まっているほとんどの州では、事実上、選挙運動も行われません。実際の選挙戦は現在、各種調査で「トスアップ(五分五分)州」と区分けされる10の州を舞台に両党候補の遊説合戦とテレビのコマーシャルを使ってのどぎつい非難合戦が繰り広げられているわけです。そして次のホワイトハウスの主は、この10の州ごとでの勝敗の組み合わせによって決まります。ご参考までにその州名と大統領選挙人の数と現在の形勢を列挙しておきます。
接戦州名 選挙人数 リードする候補
コロラド 9 オバマ
ヴァージニア 13 マケイン
オハイオ 20 マケイン
ニュー・ハンプシャー 4 オバマ
ネバダ 5 マケイン
フロリダ 27 マケイン
ミシガン 17 オバマ
ペンシルバニア 21 オバマ
ニュー・メキシコ 5 オバマ
インディアナ 17 マケイン
● 7月から三ヶ月での大変化
上記の表でお分かりのように、この「接戦州」と呼ばれる10州でもマケイン、オバマ両候補がゼロコンマ、ないし2,3%の僅差でリードする州は仲良く5州づつ。10州の勝敗の行方と組み合わせで、勝者が決まるという息を呑む大接戦の状態がわかってもらえると思います。「接戦州」でも、私が訪米した6月-7月には、二ヶ月前までは、七つの州でオバマ候補がリードしていました。
サンフランシスコで、オバマ候補に25ドルを寄付したという友人のオバマ陣営からのメールを見せてもらい、ユーチューブを活用したカラフルな画面と徹底した情報の共有作戦、即座に同じ25ドル寄付した人が「仲間」として組織されるスピード感あふれる有権者の「囲い込み」戦術の見事さに圧倒されました。インターネットをフルに活用し、これまで投票に行ったことのない学生などの青年層、そして黒人票の掘り起こしで、予備選挙を勝ち抜いてきた、オバマ運動の強さに触れた思いでした。
ちょうどマケイン側の運動全体の弱体ぶりが指摘され、急きょ選挙事務長に、四年前、ブッシュ再選の立役者、カール・ロブ前大統領顧問の下で宗教右派票の「囲い込み」でも働いたスティーブ・シュミット氏が就任する動きが出ていたころでもあり、今年は共和党に変わって、オバマ民主党がインターネットによる「囲い込み」に成功する番かと思ったほどです。
● テレビ討論が決める勝者
あれから三カ月、そのマケイン側が「接戦州」を二分するところまで追い上げているこのデッドヒート争いの行方は、9月26日、10月7日、10月15日(アメリカの日付で、日本では翌日付け)に三回行われるテレビ討論が決定的に重要となります。二人の候補、つまりアメリカ史上初の黒人大統領候補である47歳の新人上院議員オバマ氏か、かたやベトナム戦争の英雄で、72歳のベテラン上院議員マケイン—のどちらがアメリカ国民の「信頼」を勝ち取るかにかかってきたからです。8万人の大観衆を酔わせる雄弁のオバマと即位即妙の洒脱な語り口に年の功がにじみ出るマケインとの勝負でもあります。
8年間のブッシュ政治への不人気、さらにはイラク戦争長期化の失敗、昨夏以来サブプライムローン問題の余波を依然解決できないアメリカ経済の低迷をどう克服するかなどという政策面での争点ではなく、突き詰めると、内外ともに難問が山積している「アメリカという国」のこれからの四年間の舵とりを託する指導者として、どちらを信用するかという一点に絞られてきたといえるからです。
ちょうど1980年の選挙で、イラン人質事件や旧ソ連よるアフガニスタン侵攻など内外政策で「漂流現象」を起こしていたカーター現職大統領を相手に、カリフォルニア州知事の実績を持ちながらも所詮ハリウッドのB級スター上がりではないかというレーガン候補が、投票日一週間前の最後のテレビ討論で堂々と対処し、国民の「信頼」を手中にしホワイトハウス入りを果たした故事と似てきた状況です。
同じ意味で、10月2日に行われる副大統領候補同士のテレビ討論も、ペイリン女史がベテラン上院議員で、外交委員会委員長の要職にあるバイデン氏との対決で、どれだけの「信頼」を国民から勝ち取ることが出来るかという点で異例の注目を集めている訳です。
● 「ペイリン効果」を列挙
そこで、本稿ではこれから11月4日の投票日まで6週間、皆さんの選挙戦ウオッチに欠かせない「ペイリン効果」について、報告しておきます。ここにきてオバマ陣営を守勢に追い込んだ最大の原因だからです
(1) 1960年のケネディとニクソンが初のテレビ討論で対決して以来、13回目の大統領選挙戦をウオッチしている私にとっても、経験したことのないドラマチックな展開です。私は、1月の第11回で、マケイン候補が8年間の不人気なブッシュ政治の後継という逆風にも関わらず、ブッシュ抜き、イラク戦争抜きで戦うことになる可能性があると分析しました。「ペイリン効果」とは、まさにそれをあっという間に実現してしまった出来事でした。私もペイリン知事の名前が副大統領候補リストの最後にあげられていたことは記憶しています。しかし、その彼女の登場が一夜にして、選挙戦全体のダイナミズムを変えてしまったと言われるような存在になるとは、気づいていませんでした。
(2) そもそも今年の選挙戦で、マケイン候補は、イラク戦争では忠実なブッシュ政策の支持者ではあっても、他の内政面や社会問題、とくに中絶問題、非合法移民問題、それに政治資金規正問題などでは、過去2回のブッシュ勝利を支え、今では共和党内で主流派といっても良い発言権を維持している保守グループ、いわゆる宗教右派と呼ばれる勢力とは一線を画し、中道派、超党派的な路線をとる「一匹狼」的な存在でした。それだけに早々と指名を確実にした後も、6月ごろまではこの宗教右派グループとの間には溝を抱えたままで、オバマ候補がヒラリー女史との間で予備選挙の最後まで死闘を演じた漁夫の利を共和党内の組織固めに生かせず、すでに6-7月のアメリカ出張時での経験を述べたように、オバマ候補にリードを許していました。
(3) このマケイン陣営にとってまさに起死回生の一打となったのがぺイリン知事の起用でした。妊娠中絶反対、銃法規制反対のNRAに属し、自らも高度のライフル銃をあやつる。90%が堕胎するというダウン症候群障害者の子どももあえて出産し、エスキモーの血を引く夫との間で5人の子どもを持つ「働く母親」。陸軍に志願した長男は9月11日にイラクに出征する。PTA活動から政治の道に入り、市会議員、市長を経て、二年前、汚職追放と財政削減を唱えて現職共和党知事を予備選挙でひきずりおろして当選する。即座に前知事の専用ジェット機を売り払い、知事公邸の料理人を解雇した「小さな州政府」の明快な実践者。そして準ミス・アラスカのタイトルを持つ家庭的な美人。特にダウン症候群の子供をあえて出産した実績は、生命第一の宗教右派グループにとっては「涙が出るほど」の朗報です。
(4) つまり、それまでのマケイン運動のいわゆる宗教右派勢力との距離も一気に解消させて、2004年選挙でのブッシュ再選と同じ勝利の構図を描き出すことに成功したのです。共和党組織も、宗教右葉のみならず、全党内が「勝利のチケットを手にした」と一気に活気づき、さらに「働く母親」に共感する熱気は堕胎問題などでの政策の違い、党派の枠を超こえて、女性全体に広がり、ABCとワシントンポスト紙の調査では、共和党大会前には白人女性の支持率で、50対42とマケイン候補に差をつけていたオバマ候補が逆に53対41と10ポイント以上も逆転されることになりました。最初狙っていたと思われるヒラリー支持層の取り込みの思惑を超えたうれしい誤算となっているということです。おかげで女性の枠を超えて、選挙全体の行方のカギを握る白人中間層でも、マケインの支持が伸び、初めて50%の支持の大台に乗ったとの調査が出てきました。
(5) しかも、民主党大会最後のオバマ指名受託演説に迫るテレビ視聴率を得て、妊娠五カ月の長女のフィアンセまで呼んで家族の結束を見せつけ、大成功と評価された指名受託演説で、ペイリン女史が、指名発表後にニューヨーク・タイムスなど東部マスコミが行った自らの経験などに対する懐疑役な報道をやり玉にあげ、「記者や評論家の皆さんにちょっとしたお知らせをします。私は新聞記者や評論家のご機嫌をとるためにワシントンに行くのではありません。この偉大な国の国民に奉仕するためにワシントンに行くのです」と宣言しました。これを受けて大会場からは一斉に記者名席にブーイングの声が上がり、会場内は大変な盛り上がりを見せていました。 私はこれを東京のCNNの生中継で見ていて、アメリカ政治保守化への分水嶺となった1968年の選挙で当選したニクソンが、東部のマスコミを正面から攻撃することで、自ら「声なき声の多数派」と名付けた保守化した白人中産階級を味方につけることに成功、72年の再選でも草の根候補と呼ばれたマクガバン民主党に圧勝した故事を思い出しました。
(6) その意味でペイリン指名受託演説は党大会恒例の副大統領候補の演説の枠を超えたインパクトを感じさせるものでした。事実、マケイン候補も翌日の指名受託演説で「ワシントンの既成政治家と戦い、変革するためにホワイトハウスに乗り込むのだ。改革のために民主党を含めた超党派の内閣を作るのだ」とこのペイリン路線に乗って、オバマ候補のお株を奪う「改革」のスローガンを高々と打ち出しはじめました。党大会後、マケイン、ペイリン正副大統領候補が一緒に接戦州を回るのも最近では異例なことで、ペイリン演説の成功の証とみられています。
● 守勢のオバマ候補
以上のような「ペイリン効果」を軸に、過去に勝利の実績のある運動の方程式に持ち込んだ共和党とは対照的に、オバマ陣営は、昨年来の選挙戦ではじめて守勢に立たされています。ブッシュ政権8年への失望感、アメリカの長期的な展望への不安感、そして黒人大統領も受け入れて見せるというアメリカの白人インテリ層・富裕層の使命感といったものに支えられて、高い人気を得てきたオバマ候補が皮肉にもその黒人初の候補であるという負い目ゆえに、ヒラリー女史に結集した白人中産階級、すなわち「レーガンデモクラット」といわれる浮動中間票に擦り寄るあまり、そのうたい文句であった「Yes 、We can change」のお題目にも陰りがさし、最近では「口紅を塗っても豚は豚」との最近の共和党に逆に足をすくわれかねない激しいネガティブキャンペーンの土俵に上ってしまっています。つまり「オバマのいう変化」の中身は何かという根源的な問いに、答えを見出せない落とし穴に落ち込んでしまっているということです。
● 浮動中間票への擦り寄りのツケ
具体的にはこの擦り寄りは、テロ防止のための盗聴法への賛成、7月の銃を持つ個人の権利を認めた最高裁の判決への支持、イラク訪問での責任ある撤退へのコミットで事実上、アメリカ軍増派の成功でイラク戦争”勝利”を前面に押しだし始めたマケイン側と区別がつかなくなり始めたイラク政策、そして7日には「当選しても、アメリカ経済の悪化次第では、富裕層への減税の先のばしも考える」と発言、経済不振という共和党への最大の攻め口でも腰が引けている。もちろん中産階級への減税は予定通りと言っている。 しかし、なぜ民主党から大恐慌時のニューデールのような思い切ったアメリカ経済改革のための青写真が出ないのか、とのかねてからの疑問への答としては、物足りないと民主党内からも旧来のリベラル派を中心に批判の声が上がっているといわれます。7月以降、小出しの公的資金の導入で、ハニーメイなど住宅金融危機の解消に手を打っているブッシュ政権側に逃げ道を与えているというわけです。
選挙戦の争点としては、イラク戦争抜き、ブッシュ批判抜き というマケイン側の土俵に知らず知らずのうちに上っている、というわけです。確かに最近のオバマ側の姿勢には昨年来の高らかに「変化」を歌い上げたエネルギーは見られません。民主党全国大会でもヒラリー陣営の造反防止に最大の心使いを見せたこととも合わせ、つきつめると、オバマ側には黒人として初めてホワイトハウス入りに挑戦する負い目、つまりアメリカ建国時からビルトインされていた「黒人差別」という呪縛との戦いがここまで来ても続いていると見ることもできます。
私と同年で、1965年以来つきあいを続けているマルコムXの部下だった黒人インテリと7月にニューヨークで食事をともにしたとき、「オバマは本当に大統領になれるのだろうか」と彼がささやいたことを忘れられません。
ここに来て、アメリカ選挙戦終盤のウォッチは、走馬燈のように通り過ぎるこれまでの13回の大統領選挙戦と同じようにアイロニーに充ち満ちていて、ほろ苦い味がしています。
(松尾文夫 2008年9月15日、中国重慶にて記。 9月11日から23日まで広東、重慶、延安、北京と回る旅の途中で仕上げました。米中関係についての次の著作の調査のため、かねてから計画していた旅行で、この準備もありブログ更新が果たせませんでした。なお第12回「黒人差別」の呪縛の(下)は本稿で代えます)
Monday, September 15, 2008記