第30回 アメリカ・ウォッチ  波紋収まらぬ安倍靖国参拝、日米同盟の試練  ー 注目されるオバマ大統領との東京会談 ー    (pdf版はこちらから) 2


 皮肉なことに、安倍政権が日米同盟の深化のためにと打ち出している集団的自衛権の解釈見直しの努力の足元で、日米同盟は不安定さを増している。アメリカ政府が異例の「失望」声明を出した昨年末の安倍首相の靖国訪問に対するアメリカ国内での反発が、じわじわと広がり続けているからである。

 確かにアメリカ国内に「靖国という日本の国内問題」に介入する結果となったとして、オバマ政権の対応に異を唱える声がゼロではない。しかし中立的な米議会調査局が二月末にわざわざレポートをまとめ、「安倍首相が米国の忠告を無視して靖国を突然参拝したことは、日米両政府の信頼関係を一定程度損ねた可能性がある」と指摘した事実に示されるように、識者、メデアの大勢は党派を超えて批判的である。

●中国人や韓国人は怒るだろう

 特に、今年に入って、安倍首相が任命したNHK新会長や経営委員、官邸の首相補佐官、参与らが参拝擁護、アメリカ政府の「失望」声明への不満、さらには極東軍事裁判を「米軍による東京大空襲や原爆投下という悲惨な大虐殺をごまかすための裁判だった」と決めつける発言など右派的な発言が繰り返された結果、共和党、保守派にまで、安倍靖国訪問への違和感が広がりを見せている。しかも安倍首相がこれらの発言をすべて「個人の意見だ」として問題視せず、一部の人の「発言撤回」だけで、誰も辞任しない状況もこうした不協和音を増幅させている。首相自らが河野談話の継承をようやく明言したのは本稿脱稿前日の三月一四日だった。

 これをどう修復するのか。四月に日本、韓国を歴訪するオバマ大統領との首脳会談は、戦後の日米関係の歴史の中でも特別な意義を持つものになると思われる。

 一番の試練は、靖国参拝が「不戦の誓い」であり、「戦死者を弔うというリーダーとしての世界共通の行為だ」との安倍首相の論理が中国や韓国だけではなく、肝心のアメリカとの間でさえ通用しなくなりつつあるという現実である。

 その理由は根深い。靖国神社がサンフランシスコ平和条約第十一条でその結果を受け入れた極東軍事裁判での一四戦犯を合祀しているという事実に加え、その付属施設として神社内に設立されている歴史資料館「遊就館」の展示内容が太平洋戦争は自衛のためだったという視点でまとめられ、神風特攻隊が美化され、あの戦争が中国をはじめとするアジア各地にもたらした被害についてはほとんど触れられていないことも大きい。「世界共通」の戦死者追悼の場にはなり得ないというわけである。私も約一〇年前、ブッシュ政権がイラク戦争に踏み切ったころ、訪日した熱烈なブッシュ支持者であるネオコンの有力コラムニストの要望で「遊就館」に案内したとき、「これでは中国人や韓国人は怒るだろう。私にも不快感が残る」とのコメントをもらったことを思い出す。

●ダボス会議での不用意な発言

 さらに一月末のダボス会議での記者会見で安倍首相が、自分の方から現在の日本と中国の対立状況を第一次世界大戦前のイギリスとドイツとの関係に例えたことが地元欧州をはじめ世界の関心を集め、靖国訪問から始まった安倍外交の従来の日本外交にはない「特異性」を際立たせることになった。首相官邸はその反響の大きさにも「余計な説明を付け加えた通訳の責任だ」として黙殺している。

 しかし、第一次大戦一〇〇周年の今年、その舞台となった欧州のど真ん中で、日本の首相があえて日本と中国の関係をその欧州の傷跡になぞった不用意ぶりに首をかしげる向きが大勢で、メインスピーカーとして招かれ、アベノミクスを世界経済の新たなエンジンとして売り込んだ「成功」を脇に押しやってしまったという。もともとこの第一次世界大戦前のイギリス、ドイツとの関係との相似性は、キッシンジャーを初めとするアメリカの識者が、アメリカと中国との関係、特にその衝突の可能性への深い懸念とそれを防ぐ方策の分析の中で取り上げていたテーマである。突如としてその懸念を現在の日中関係と並べたことに、あるアメリカの学者は「安倍外交はアジアでの中国との関係のメインプレイヤーの座を狙っているのではないか」と皮肉を込めた「警戒」のコメントを寄せてきた。

●再度真珠湾献花のすすめ

 少なくともこうした安倍外交の姿勢が結果として、中国が世界的な規模で展開している激しい「過去の侵略を悔い改めようとしない」安倍外交批判を利する状況を生み、さらには従軍慰安婦問題などで強硬姿勢を崩さない朴政権下の韓国と中国との連携強化による反日共同戦線への動きを助長しかねない、というのが今のオバマ政権の一番の懸念である。

 そうした袋小路に追い込まれないためにも、安倍首相にはまだ日本の首相が果たしていない真珠湾アリゾナ記念館訪問、献花によってアメリカとの歴史和解を完結し、日米同盟の新たな構築を根っ子から始めることが求められていると思う。私がかねてから提言しているオバマ大統領の広島訪問が韓国訪問のための日程短縮で消えてしまった今、この一石は安倍外交にとって、対中、対韓外交を含めた守勢からの脱却のチャンスを与えるものとなろう。今安倍外交に求められているのは、そうした歴史のケジメをはっきり意識した大局観だと思う。

(二〇一四年三月一五日記)

渋沢栄一記念財団機関誌「青淵」4月号掲載

    

© Fumio Matsuo 2012