第14回 ブッシュ大統領、広島献花に「大変興味深い」と発言

—打ち捨てられていた戦後和解の“けじめ”の儀式への貴重な第一歩—

● 帰国の日の朗報

 6月15日から、ワシントンを振り出しに、ニューヨーク、ロサンゼルス、そしてサンフランシスコと7月3日までの18日間、アメリカを回ってきました。

 目的は、民主党オバマ候補と共和党マケイン候補の間で、すでにたけなわの大統領選挙前哨戦の実態に触れ、取材することと、ロスとシスコでの拙著(銃を持つ民主主義)の文庫版英訳版同Kindle eBook版)の紹介を兼ねた講演を行うためでした。いずれ別稿で報告するように、18日間もアメリカの空気を吸っているうちに、大統領選戦の展望について一定の感触を得たほか、これまでこのブログでも予測し、注意を喚起してきた問題に、ズバリ結果が出る幸運にも恵まれました。

 しかし、一番の幸運はシスコからANA06便で成田に降り立った7月3日午後にやってきました。各紙夕刊に載っていたワシントン駐在日本人記者との洞爺湖サミット出席を前にした特別記者会見で、ブッシュ大統領が「あなたの在任中の日米関係は極めて強固なものでしたが。真珠湾攻撃、広島原爆投下といった、いまだに消え去っていない過去の問題もあります。この解決のために、一部の歴史家は日本の首相が真珠湾を、アメリカの大統領が広島を訪問すべきだとの提案をしていますが?」との質問に答えていたのが、以下のホワイトハウス公式記録でのやり取りです。

●ブッシュ発言全文

大統領: 大変興味深い。

記者団: この問題をどう考えますか。

大統領: 私はこう考えます。確かにわれわれの歴史にはそれぞれ苦痛に満ちた時期があった。たとえば私の父は日本との戦争の時、若い海軍のパイロットだった。しかし、私の経験は全く違う。小泉元首相が私の親友の一人だったからだ。これは興味深いことではないか。その理由の一つはわれわれが過去を水に流し、未来に目を向けたからだ。 いま聞かれたような象徴的な行動は意味があるのかも知れないが、私にはわからない。私は考えたこともなかった。興味深いアイデアだ。私にこうした考えを伝えた人は誰もいなかった。

あなたが初めてだ、と申し上げておく

 次期大統領が誰になろうとも、日米関係の重要性を理解し、未来を考えなければならない。われわれは価値観を共有し、共になすべき多くの仕事があり、歴史的な経済関係を維持しているからです。あなた方もお分かりのように、私は開かれた市場、自由で公正な貿易を信じている。私が日本に住む日本人だとしても、過去を水に流し、両国にとっての最良の利益に目を向けることに賛成すると思う。

 したがって、これは興味深い提案だ。しかし、私がこの提案を実現するのは無理だろう。今度の旅が大統領として最後のものとなるだろうからだ。断定はもちろんできないが、たぶん最後のものとなるだろう。それは残念なことなのだが。

●「ドレスデンの和解」日本版として提案

 私がこのブッシュ発言を長々と紹介したのには理由があります。

 日本記者団側が質問で「一部の歴史家」と呼んでくれた提案者、つまり日米首脳による広島—真珠湾相互訪問、そして献花によって日米間の過去をきちんと清算するべきだとの主張の主、少なくともその一人は、ほかならぬ私だったからです。そして今ブッシュ大統領が自分の任期中には無理だといいながらも「興味深い提案だ」と前向きの発言を繰り返してくれたことは、あと4ヶ月後には決まる次期大統領の下での相互訪問、献花実現の布石を得たような思いです。いろいろとリップサービスの面を割り引いても、やはりこの現職大統領の発言は朗報です。

 このいきさつについては、今春出版された拙著文庫版の後書き(P437)に「まだ実現していない広島献花」と題して要約してあるので、ご一読いただければ幸いです。本稿では、短く報告しておきます。

 私は、拙著の原著出版一年後、つまり敗戦60周年の節目の年であった2005年秋から原著のエピローグで提起した、日本版「ドレスデンの和解」の実現のために一人で動き始めました。

●米紙にまで寄稿

 まず中央公論2005年9月号上で「ブッシュ大統領に広島で花束を手向けてもらおうー日本版ドレスデンの和解提案—」と題した論文を発表しました。1945年2月、ドイツ東部の古都、ドレスデンに対する米英空軍機による夜間無差別爆撃(死者約3万5千人)に対するドイツと米英両国との和解の儀式が爆撃50周年に当たる1995年に行われたのに倣って、日本とアメリカとの間でも、広島、長崎を含め全国69都市での約五十万の無差別爆撃被害者の鎮魂の儀式を行うことによって、日米の不幸な過去に“けじめ”をつけるところまでさかのぼって、日米関係を再構築しておかねばならないのではないかーとの問題意識に基づくものでした。

 その象徴的な儀式として、ドレスデン和解で成功したのと同じ論理、つまり戦争犠牲者の霊を弔うことだけに絞って、米大統領による広島献花と日本の現職首相によるアリゾナメモリアル献花を提案したわけです。

 続いて敗戦60周年にあたる2005年8月16日付の米ウォールストリートジャーナル紙に同じ趣旨を投稿、同紙のオピニオンページに大きく掲載されました。普段は論説主幹のコラムが載るスペースを提供してくれました。

●東アジアから全アジア、太平洋諸国でも献花

 さらに中央公論2006年10月号で「中国の胡主席にも広島で花束をー相互献花による新たな信頼醸成措置の提案—」と題して、南北朝鮮を含めた東アジア全体、さらに最終的には戦争犠牲者が出たオセアニアまで含めたアジア、太平洋諸国全体の首脳による相互献花の儀式を日本外交のイニシアチブとして、展開すべきだと提案しました。この原稿の中では、ウォールストリートジャーナル紙に対するアメリカ人読者からの投書なども細かく報告しました。

 そして昨年8月には、このブログ上で、日本の現職首相がまだアリゾナメモリアル訪問、献花を果たしていない事実を突き止めたうえで、まず手始めに日米首脳間で広島—アリゾナメモリアル相互訪問、献花の儀式を行うべきだと、提案しました。

 こんどの「大変興味ある」とのブッシュ大統領の反応を歓迎するのは、こうした私の発言の軌跡があったからです。皆さんのご意見をお聞かせください.。

 今回のアメリカ取材での収穫は少し時間をいただき、次回にご報告するつもりです。

 (松尾文夫 2008年7月11日記)

*本文で触れた論文は、日英双方とも、『図書館』部分に収録してあります。

Friday, July 11, 2008記

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