第17回 金融危機でオバマ巻き返す、マケイン再浮上には狭い道

—「ペイリン効果」は広がらず、テレビ討論が最後のチャンスー

● マケイン襲った逆風

 9月11日からの中国旅行のはじめにまとめた第16回のブログ「マケイン善戦、オバマ守勢にー三回のテレビ討論で、どちらが「レーガンの成功物語」を手にするかー」と総括したアメリカ大統領選挙戦展望を修正する必要が出てきました。9月末からウオール街を襲った大恐慌以来といわれる金融危機のおかげで、オバマ陣営が息を吹き返し、共和党全国党大会以後の「ペイリン効果」で失ったリードを取り戻しました。逆にマケイン側は守勢に追い込まれ、そのまま終盤戦になだれこむことになったからです。

 つまり、マケイン陣営は、イラク戦争の長期化を始めとするブッシュ共和党二期目の不人気に加えて、昨夏のサブプライムローン立ち往生以来くすぶっていた金融危機が一気に拡大、ブッシュ政権が「アメリカ経済の破滅」(ペロシ下院議長)を避けるため最大7千億ドルもの公的基金を投入する「緊急経済安定化法案」の議会提出を迫られるというこれ以上ない逆風にさらされることになったからです。

 マケイン候補は急遽選挙運動を中止する「奇策」に出て、ワシントンに戻り、一時は9月26日に予定されていたオバマ候補との第一回テレビ討論を延期することまで提案しました。

 しかし、誰の目にも、今度の金融危機が8年間の共和党政権の下で進行したマーケットの規制緩和の流れの挫折、破綻であることは明らかであり、マケイン候補がその推進者の一人であった事実はかくしようもないことでした。マケイン候補は、この金融危機直前、「アメリカ経済のファンダメンタルは正常だ」と、経済問題での弱みを立証するような「失言」を行っていました。

 それに10月3日発表の失業率が大きく上昇するなど本格的な景気後退が実感され、全世界を巻き込んだ大恐慌の再来が懸念される危機感が、アメリカ国内を覆うことになりました。オバマ民主党がここぞと宣伝する「ブッシュ政権8年間の失政のツケ」との非難、そしてこうした危機を回避するためには、「民主党への政権交代しかない」との主張が一気に説得力を持つことになったわけです。ブッシュ政権を引き継いで戦うマケイン陣営のそもそものアキレス腱が、最悪のタイミングで露出してしまったというわけです。

● 接戦州でもマケインのリード消える 

 その結果、前回の第16回で細述した「ペイリン効果」はマケイン候補にとって戦いを進める上での「絶対条件」であった保守派の支持を固めることには成功したものの、期待された中間層へ食い込みでは、ペイリン候補が指名受諾演説であえて敵対した主要メディアからの執拗な「イジメ」や、個別インタービューで「記憶に残る最高裁判決は」との問いに答えられなかった「勉強不足」もあって苦戦しています。

 テレビ討論でのマケイン、ペイリン両候補のそれなりの善戦にも関わらず(特にペイリン知事は、保守派からの批判も出始め、その進退をかけた形の2日のバイデン上院議員とのテレビ討論では予想を上回る成績で、踏みとどまりました)、この経済危機という巨大な暗雲のもとでは支持率アップにつながっていません。

 前回の第16回で、勝敗を決める接戦州としてあげた10州の州別支持率でも、わずか半月のうちに、マケイン側がリードしていた5州のうち、インディアナ州を除く残りの4州(バージニア、オハイオ、ネバダ、フロリダ)で、数字の大小はそれぞれに違いながらも、すべてオバマ候補のリードに変わる激変ぶりです。

 この4州は四年前、ブッシュ再選の決め手となったいわば最後の防衛線で、マケイン候補にとっては絶対に落とせない州です。特に前回、ケリー民主党候補がとったミシガン州で、マケイン陣営が10月に入って選挙運動の停止を決めたことは、このマケイン側が受けたショックの大きさを物語っています。

 ミシガン州は、民主党の予備選挙でヒラリー候補が抑え、黒人反対票、白人中産階級票を目当てに、つまりヒラリー票の獲得を狙って「ペイリン効果」も含めて、マケイン側が共和党への取り込みに力を入れてきたところだけに、その苦戦振りを象徴する出来事です。

● 第二回テレビ討論がカギ 

 しかも、この経済危機の暗雲は容易に消えません。ブッシュ政権が議会の多数を握る民主党幹部の協力も得て緊急提出した「緊急経済安定化法案」が、まず下院本会議で共和党保守の造反もあって否決されるという全世界をパニックに落としいれる騒ぎが起こりました。3日になって上院側が急遽1,100億ドルの減税バラまきなどを追加して最初に可決、下院側もその日のうちに修正案を可決、ブッシュ大統領が即座に署名、成立したものの、今度はマーケットがこれを好感せず、期待されたダウ平均の上昇は見られず、逆に下落しました。1929年の大恐慌期を髣髴とさせるマーケットの混迷が続く形勢です。

 各種調査でも、このウオール街の不始末を国民一人一人が最終的には3,000ドル近い税負担を迫られる救済策は、きわめて不人気です。マケイン陣営にとって、不利な状況が続きます。

 残された道は、後二回 (10月7日と15日)あるオバマーマケインのテレビ討論、特にマケイン候補が得意とする会場の一般市民から直接質問を受けるタウンミーティング方式で行われる7日の第二回テレビ討論で、マケイン候補が深刻な経済危機に対処できる指導者としての信頼を確立して活路を開くか、つまり前回紹介したように、終盤戦ぎりぎりでのテレビ討論でカーター現職大統領に勝ち、勝利を手にした1980年のレーガン候補の成功を手中に出来るかどうかにかかつてきました。

 マケイン候補は、イラク戦争や対テロ戦争といった得意の分野ではなく、苦手な経済問題での論戦に勝たねばならないのに対して、オバマ候補は最後に有権者の判断を左右しかねないといわれていた初の黒人大統領候補としてのハンデも、深刻な経済危機のもとで吹き飛んでしまいかねない「追い風」に恵まれようとしています。その意味で毎回のことながら、アメリカ大統領選挙は最後まで、ドラマとアイロニーに満ち満ちています。

   松尾文夫 (2008年10月4日記)

© Fumio Matsuo 2012