—毎日新聞コラムが示す貴重な方向。日米同盟空洞化を実感した旅—
●「大統領、ご一緒に」のコラム登場
7月11日にリリースした「アメリカ・+ウオッチ」第14回で紹介したように、ブッシュ大統領が日本記者団との会見で、広島訪問提案について「大変興味深い」と発言したことについて、毎日新聞政治部の伊藤智永記者が7月9日付け毎日朝刊5頁のコラム「つむじ風」で取り上げていますので、報告しておきます。
「大統領、ご一緒に」と題したこのコラムで、伊藤記者は福田首相に対し、ちょうどブッシュ大統領と再会する8月8日の北京五輪開会式の前後に巡ってくる広島(8月6日)、長崎(8月9日)の平和記念式典のいずれかに、大統領も首相と一緒に参加しないかと誘ってみてはどうかとの興味深い提案を行っています。北朝鮮の「核と拉致」をめぐって、日米首脳が日米同盟に対する日本世論の不安感の払拭に苦労している折から、こうした日本国民の琴線に触れるようなアメリカ大統領の行動を実現させることが、福田首相にとっての急務ではないかーと伊藤記者は説いています。
その全文を毎日新聞のウェブから添付しましたので、是非ご一読ください。
●新大統領のもとでの日米同盟再構築の課題
正直なところ、この提案の実現性は、いまゼロに近いと思います。しかし、日本のマスコミの中に、こうした形で「ブッシュ発言」を前向きにとらえようとする主張が出てきたことは、重要だと思います。約4ヵ月後に迫ったアメリカ次期大統領の登場を機会に、ポストブッシュの日米関係を構築するために、日本側が新大統領にはっきりその「青写真」を提示することが緊急の課題となっていると考えている私にとって、このコラムの主張は非常に貴重な意義をもったものだと思うからです。
実は、6月15日から7月3日までアメリカを東から西へとまたいだ18日間の旅を終えて、いま私が一番かみしめているのが日米同盟の実質的な空洞化というテーマだからです。つまり、この潜在的には『危機』ともいってよい局面に直面している日米関係を、新しい大統領のもとで、日米指導者の広島—アリゾナ・メモリアル相互訪問、献花による戦争犠牲者鎮魂の儀式—という戦後63年間手がつけられてこなかった“けじめ“をつけるところから、再構築しなければならない、と考えているからです。
これは大きな、包括的なテーマです。今度の旅の途中で、連邦最高裁が合衆国憲法修正第二条についての1939年ミラー判決以来69年ぶりの新解釈、つまり銃を持つことはアメリカ建国以来のアメリカ市民の権利であるとの保守派寄りの解釈をはっきり打ち出した歴史的な日に遭遇した経験とともに、いずれこのブログで、詳しく論じたいと思います。
●「福田首相への電話」一行も報じなかった米マスコミ
今回は、この空洞化の現実にじかに接した二点をとりあえず報告しておきます。
一つは、6月26日、ブッシュ大統領自らが発表した北朝鮮をテロ国家の指定からはずす手続き開始の声明について、アメリカのマスコミ報道は、ブッシュ大統領の福田首相への「拉致問題は決して忘れない」との電話や、声明中での日本政府への”配慮”の部分などを一切無視したという事実です。これは見事と言っても良いほど徹底したものでした。
私はサンフランシスコにちょうど滞在中で、翌日の27日付の地元サンフランシスコ・クロニクル紙はもとより(同紙は提携先のワシントン・ポスト紙記者の記事を使用していた)、最近では全米各地で印刷されながら、ロスやシスコでさえ、大型書店か特定のホテルなどでしか入手ができなくなったニューヨーク・タイムス紙、ウォール・ストリート・ジャーナル紙など東部の新聞も探して手に入れ、関係記事に細かく目を通した。しかし日本の拉致問題の言及は一切なし。
5年前、北朝鮮をイラク、イランとともに「悪の枢軸」と決めつけたブッシュ大統領の思い切った”変身”について、保守派、リベラル・人権派双方からの批判をかなり詳しく伝え、全体として北朝鮮核問題の解決に悲観的な分析が目立ったにも関わらずである。テレビも解説者が大きく取り上げ、保守派のフォクス・テレビなどは、識者座談会で、ライス国務長官の宥和路線をこっぴどくやっつけていたものの、拉致問題を抱える同盟国日本への悪影響に言及する人は、いなかった。
私が目にした限りでは、「日本はこれで拉致問題解決のための最も効果的な梃子を失うことになる」と伸べて、初めて日米同盟への悪影響という視点をあきらかにしたのは、6月30日付のウォール・ストリート・ジャーナル紙オピニオン頁に「ブッシュ北朝鮮政策の悲劇的な終焉」と題して寄稿した元ネオコンで、ブッシュ政権から完全に干されているボルトン元国連大使の論文だけである。
●日本問題専門家のいない有力シンクタンク
もう一つは、さらに構造的に深刻な問題である。今度の旅で触れた事実だけを報告しておく。いまアメリカの有力シンクタンクで、CSISなど一部の例外を除いて、きちんとした日本問題専門家の姿が見えなくなっているということである。ロスでその本部を訪問し、その東アジア専門家グループと有意義な討議を行った誰でも知っているアメリカシンクタンクの元祖のような組織で、終わって名刺を整理していて気がついたのは、本格的に日本問題を分析している専門家は一人もいなかったという事実である。中国、韓国専門家の発言が活発だった。その次の夜の私の講演会を聞きに来てくれた参加者の一人確認すると、現在在籍ゼロですと、はっきりその事実を認めた。
この衝撃が根にあって、自らが種をまいた結果であるブッシュ大統領の広島訪問への肯定的な発言に接し、次の大統領のもとでの広島訪問実現への一石とばかり喜んではいられないと思う。それだけに伊藤記者の視点、提案は、一見夢物語みたいに聞こえながらも、実は日本にとって、きわめて緊急性を持つ重大な課題を浮き彫りにしている。是非そのコラムをご一読いただきたい。
もう一つ、この伊藤記者は3月20日の毎日朝刊5頁の「つむじ風」で、同じく毎日新聞ウエブから添付のように、私の「銃を持つ民主主義」文庫版あとがきから、私の広島—アリゾナ・メモリアル相互訪問、献花提案を取り上げ、「福田外交にふさわしい」と位置付けてくれた人である。この方もご一読下さい。
( 2008年7月23日 記 )