巻頭随筆
オバマ大統領の「気負い」
ジャーナリスト 松尾文夫
私がオバマ大統領の「気負い」を感じたのは、一月二十日の就任演説の最後の部分だった。一七七六年十二月、英国国王軍に追い詰められていたアメリカ革命軍が反撃に転じる前に、大陸軍事司令官としてのジョージ・ワシントンが兵士たちに与えた励ましの言葉で締めくくられていたからである。アメリカ独立戦争の一番苦しい時期のワシントンの言葉を引用することで、現在のアメリカ経済の難局打開をアメリカ建国の苦難とダブらせることで、自らの課題をアメリカにとっての「第二の建国」と位置付けたわけである。力強い決意だと思う半面、少し心配にもなった。
同時に、自らを「第二のワシントン」に擬することで、アメリカ史上初の黒人大統領という特別な立場をうまくさばいた、と思った。ワシントンが大陸軍事司令官であった時代は、黒人差別を明記したアメリカ合衆国憲法など、まだ影も形もなかったといってよいからである。つまり黒人差別というアメリカの歴史の「恥部」にはあえて正面から触れず、白人保守層まで取り込んだ挙国一致、超党派の努力でアメリカを立て直そう、との巧みなメッセージの発信であった。「気負い」をささえた「シカゴ育ちのプラグマチスト」らしいしたたかは一石であったと思う。あれだけ自らキャンペーンのモデルとして持ち上げたリンカーンからの引用は一切なかった。
しかし、あの演説からまる半年、いまオバマ大統領は、この「気負い」が吉と出るか凶と出るか、ギリギリの試練に直面している。その求めた挙国一致、超党派体制が一向に緒についていないからである。二月の七八七億ドルという巨額の景気振興策に対する議会の支持が完全に民主党だけにとどまったことが今となっては、そのつまずきの始まりだった。
気がついてみると、すでに二兆ドルラインに達したとみられる政府資金のばらまきで、GM救済に代表される「国家管理のアメリカ経済」が現実のものになりつつある。「二十一世紀を再びアメリカの世紀とするために、砂の上にではなく岩の上に築く五本柱計画」(オバマ大統領、四月十四日のジョージタウン大学演説)、すなわち金融改革、教育強化、新エネルギー開発、健康保険拡充、貯蓄増進のすべてが実行に移されようとしている。
オバマ大統領個人の支持率は依然として六〇%台を維持している(六月末の「ウォール・ストリート・ジャーナル」/NBC世論調査)。しかし、個別の政策ではじりじりとオバマ支持が減っており、その仕事ぶりへの支持率は四月の六一%から五六%に下がり、特に独立票と呼ばれる中間層での落ち込みは激しい。ばらまき路線への懸念である。「第二のジョージ・ワシントン」を目指した「気負い」そのものが、足元を掬いかねない状況を忘れてはいけない。