2004_03_「アメリカという国」を考える(その十六) ──続大統領選挙戦の展望──(渋沢栄一記念財団機関誌・青淵)

渋沢青淵記念財団竜門社

機関誌「青淵」(二〇〇四年三月号)

 

「アメリカという国」を考える(その十六)

─続大統領選挙戦の展望─

 

松尾文夫(ジャーナリスト)

 

 

 アメリカ大統領選挙戦は、二月十二日現在、民主党大統領候補を選ぶ予備選挙の第一段階が終わった時点で、早くも今秋の大統領選挙本番での対決の輪かくがはっきりして来た。再選をねらうブッシュ大統領に対して、民主党が「勝てる候補」をぶつけて来る流れが出来上がったからである。

 ホワイトハウス、共和党側から昨年末のフセイン拘束直後にあったような楽勝ムードは消え、ブッシュ外交の強硬路線を支えて来たネオコンの機関誌「ザ・ウイークリー・スタンダード」最新号も激しい戦いを予測、緊張感をみなぎらせている。ブッシュ大統領に協力して自衛隊をイラクに派遣した日本にとってますます正確なウオッチが必要な状況となって来た。

 

 

 ケリー候補で早々とまとまる

 

 候補者の指名争いでは、マサチューセッツ州選出のベテラン上院議員で、ベトナム戦争のヒーローの一人でありながら後に反戦運動の先頭に立った多彩な経歴を持つジョン・ケリー氏が、これまで十四州で行われた予備選挙や党員集会のうち十二州で勝利、一気に指名をほぼ確実にする情勢となっている。明確なイラク戦争反対の主張とインターネットによる資金集めの成功で一月までは各州での世論調査でトップに立っていたハワード・ディーン前バーモント州知事があっという間に失足。ディック・ゲッパード前下院院内総務、ジョー・リーベルマン前副大統領候補、元NATO軍最高司令官のウェズレー・クラーク将軍が正式に脱落した。

 残ったのはディーン氏の他、南カロライナ州で一勝した北カロライナ州選出上院議員ジョン・エドワードだけが南部出身の利点に加え、たたき上げの法廷弁護士出身という庶民派と演説の上手さから選挙戦にとどまっている。

 ディーン氏が最後の望みを託す十七日のウィスコンシン州で敗れると、カリフォルニア、ニューヨークなど大州を含む十州の予備選挙が行われる三月二日の「スーパー・チューズディ」前にも、民主党の候補者選びが決着する形勢となってきた。そして最後には東部ボストン出身のケリー大統領候補に南部出身のエドワード氏が副大統領候補としておさまる可能性が出て来た。そうなれば同じボストン出身のケネディがテキサスのジョンソンと組んでニクソン─ロッジを破った一九六〇年コンビの再来となる。

 ケリー氏のプロフィールの紹介とブッシュ対ケリーの勝負の展望についての解説は先の機会にゆずりたい。今回は、ケリー氏選択に傾いた状況そのものが持つ重要性を報告しておきたい。

 

 

 「勝てる」体制構築へ

 

 ディーン株急落の理由が全てを物語る。ネット時代のヒッピーとも呼ばれた若者たちに囲まれ、しばしば演説で感情をあらわにするディーン氏では、秋の本番でブッシュ大統領相手に勝ち目がないと、民主党内の多数の有権者が判断してしまったということである。アイオワ州で敗北した夜、ディーン候補が若い支持者にかこまれながら興奮をあらわにし、「奇声」を発したテレビ映像がとどめをさした。

 しかし、このディーン脱落の一幕は、逆にとらえると、ブッシュ再選阻止で民主党側がリベラル派、保守派を問わず団結したことを意味する。アイオワ州の党員集会参加者がこれまでの二倍を記録、ニューハンプシャー州でも予備選挙投票者数が史上最高となっているのが、そのなによりもの証拠である。一時は有力候補とされたクラーク将軍が撤退の理由に、ブッシュに勝つための「党の団結」を上げたのは象徴的である。民主党は、党内の資金力とエネルギーを枯渇させる指名争いの消耗戦を最小限度におさえ、秋の本番選挙でのホワイトハウス奪回に満を持する態勢を整えつつあるということである。

 私が信頼できる情報源として長年ウオッチを続け、何回か会ったこともあるウォール・ストリート・ジャーナル紙の政治担当記者、ジョン・ハーウッド記者も最新の記事で「イラク戦争は是か非かといった政策論争以前の問題として、民主党員のブッシュ大統領に対する極めて激しい悪感情が予備選挙で「勝てる候補」としてケリー候補を押し上げたのみならず、秋の本番選挙戦でも決定的な影響力を発揮しようとしている」と分析している。これは、ブッシュ政権にとって再選が容易ではない、との警鐘である。

 

 

 「泥試合」の予想

 

 つまり、本誌の昨年十二月号の「大統領選挙戦の展望」で報告したように、自らを民主党員と位置付けているアメリカ有権者数は三四%と、七〇年代以降共和党側に大分追い上げられてはいるものの、いぜんとして数の上では多数派である。ここ歴代の共和党大統領は、かつての「レーガン・デモクラット」に代表される保守化した民主党員の票を取り込むことでホワイトハウス入りを果たして来た。ましてやブッシュ大統領は二〇〇〇年大統領選挙で、民主党のゴア候補と大接戦の末、フロリダ州については最高裁決定という異例の事態でやっと当選が決まった。

 この辺の事実を積み重ねていくと、民主党が「ブッシュ嫌い」で大同団結してケリー候補を押し上げて来た動きが極めて重要である。秋の本番選挙まで左右しかねない。

 もちろん、これから共和党側からの激しい粗さがしのみならず、全国民の目の前にさらされるケリー候補には、まだまだ乗り越えなければならない山川がある。しかし、ブッシュ政権にとって同じく十二月号で分析した「中央突破」作戦、すなわち九・一一ショックをテコに、対イラク武力行使とイラク占領の試練を東西冷戦スタート時の「ベルリン大空輸」に例えて正当化する戦略に、民主党側が正面から立ちはだかる構図が生まれて来ていることだけは間違いない。

 ブッシュ戦略自体にも、イラク大量破壊兵器存在せずのケイ報告、ブッシュ大統領の州兵時代の勤務疑惑、そして共和党保守派からも公然と不満の声が上がり始めた財政赤字の拡大問題─とほころびが出始めた。

 来月以降、かつてなかった「泥試合」となることも予測される選挙戦の行方を心してウオッチしたい。

 

(二月十二日記)

© Fumio Matsuo 2012