『言語 2005/02』
[編集後記]6年前、ドイツの古都ドレスデンを訪れた。
エルベ川の真珠といわれ、多くのバロック建築が残る魅力的な街である。しかし、筆者が目にした風景は、第二次大戦後に再建された姿であった。大戦末期の1945年2月、この街は英米軍による無差別爆撃により大半が破壊された。すでに勝敗の帰趨は決した後の、戦略的には意味のない爆撃により、美しい古都は無惨な姿に変貌した。
▼ 今号にご寄稿いただいた松尾文夫氏の著書『銃を持つ民主主義』を読んで、この爆撃から50年後の1995年、旧連合国との間で「和解」の儀式が行われたことを知った。当時のドイツ大統領ヘルツォークは、ナチスの跳梁を許したドイツの非は認めつつも、非戦闘員にも多数の犠牲者が出たこの爆撃の責任も追及し、そのうえで両者が平和と信頼に基づく将来の共生を図ろうと呼びかけた。日本でいえば、東京大空襲についての和解が成立したのに匹敵する。
▼ ▼松尾氏自身、小学生のころに疎開先の福井で夜間無差別空襲にあい、目の前に落ちた爆弾が不発であったために九死に一生を得たという体験の持ち主である。氏は長じてジャーナリストになり、この原体験から生じた「米国には〈武力行使のDNA〉が流れているのではないか」、「なぜ日本は東京大空襲の和解が出来ないのか」という疑問をベースに、ライフワークとしてアメリカとは何かを歴史をさかのぼって探究する。熱っぽい語り口の中に、アメリカについて考えさせるヒントが詰まった力作であった。 (俊)