渋沢青淵記念財団竜門社
機関誌「青淵」(二〇〇三年七月号)
「アメリカという国」を考える(その九)
─マルチ人種パワーの一人勝ち─
松尾文夫(ジャーナリスト)
サンクトペテルブルク三百年祭からエビアン・サミットへと続いた一連の首脳会談ショーをウオッチしていて、アメリカ一人勝ち時代の到来を改めて実感した人も多いと思う。シラク・フランス大統領の対米和解姿勢もさることながら、サミットを平気でというか、堂々というか中座して中東に飛び、「多難な一歩」ではあってもイスラエル、パレスチナ共存の言質をとりつけたブッシュ大統領をみていると、イラク戦争後のアメリカの「高ぶり」を肌で感じる。ことの善悪、好き嫌いはともかく、この強気のアメリカと当分つき合っていかなければならないことだけは間違いない。
従って、この「アメリカ一人勝ちパワー」の実像をきちんと、冷静にとらえておくことが日本にとっていま一番大切な課題ではないかと思う。今回は、その数多いパワーのうち、日本人が意外に気付いていないマルチ人種パワーのエネルギーについて報告しておきたい。
イラク戦争を支えたマルチパワー
リアルタイムで戦闘の模様が伝わる、前例のない「テレビ戦争」となったこんどのイラク戦争で、このマルチ人種パワーの活躍が目立ったことにお気付きだろうか。黒人のパウエル国務長官は湾岸戦争時には統合参謀本部議長のポストにあったからおなじみとしても、今回はそれに大統領補佐官のライス女史、カタールの米中央軍司令部で毎回の記者ブリーフィングを担当したブルックス准将が加わった。極めつけは、サダム・フセインの銅像が倒されたときに、一瞬の間、星条旗をおおった兵士がミャンマー系米国市民のエドウィン・チン海兵隊伍長であったという事実である。
チン伍長は、一九八〇年にミャンマーから移住して来たナイ・ローン・チンさんの息子で、アメリカ到着一週間後に生まれ、自動的にアメリカ市民となった。母親のチンさんはCNNに対して、「われわれの子どもたちはアメリカで、いい生活といい学校に恵まれた。われわれはアメリカの自由を求める。エドウィンはその自由を守ってくれた」と語っているという。
開戦直後、捕虜になったアメリカ兵のなかに女性兵士がいた。それも人種とは違う意味でこのマルチなエネルギーを代表しているのだ、と思う。こんどの戦争の特徴は、このアメリカのマルチなエネルギーが、武力行使でもその力を実証したことだったかもしれない。ちなみに二〇〇二年の統計では、チン伍長のようなアジア系アメリカ市民は現役兵士の六・九%を占めるようになって来ているという。
私がこのマルチ人種パワーに注目し、その重要性を説くのは、一九六四年に初めてニューヨーク特派員として赴任した当時のアメリカとの対比で、その人種融合の成功を肌で感じるからである。ハーレムでのマルコムX暗殺(六五年二月)、ロサンゼルスのワッツ黒人暴動(同年八月)、キング牧師の暗殺とその直後のワシントン黒人暴動(六八年四月)──と続いた六〇年代後半の白人と黒人の対立は、いまでは信じられないほど激しいものだった。六八年のメキシコ五輪では、陸上二百メートルで金と銅のメダルをとった二人の黒人選手が表彰台でアメリカ国歌と国旗の表彰に黒手袋をはめたこぶしを突き出して抗議した。
日本にはないエネルギー
あれから三十五年、いまでは星条旗を掲げての黒人選手のウイニング・ランはオリンピックの風景の一部となった。そしてゴルフのタイガー・ウッズ、テニスのウイリアム姉妹とかつての差別スポーツの壁はいまどこにもない。昨年九月、十年ぶりに再訪したニューヨークのハーレムでは、戦前から黒人霊歌の常打ち劇場として知られ、多くの黒人ミュージシャンを世に送りだしたアポロ劇場が再建され、人気ミュージカル「ハーレム・ソング」に多くの白人を混じえた満員の観客が集まっていた。百二十五丁目とレノックス・アベニューが交差するハーレム銀座に立ってみると、六〇年代来の相次ぐ暴動による破壊の跡はまだ一部に残っているものの、十年前に比べると人波も戻っていて、商店街も、ハーレムの新しい主人公となりつつあるアフリカ諸国からの黒人移民で活気付いていた。
この「新黒人」を含め、依然として世界中から集まって来る移民のエネルギーとその競争が、労働コストが上昇しないアメリカ経済の隠された力である。顔が見えないビジネスを可能にしたインターネット革命は、マルチ人種パワーにとってこれ以上ない受け皿となっている。
そして、イチロー、松井ら多くの日本人野球選手の大リーグでの活躍は、結果としてアメリカのこのマルチ人種パワーのうずに飲みこまれ、その一部となっている側面を見失ってはいけない、というのが私の意見である。彼らの大リーグでの活躍を日本人として喜ぶべきなのか、悲しむべきなのか──というアングルを忘れてはいけない、とつくづく思う。
もちろん、アメリカの人種問題がすべて解決されたわけではない。最近のニューヨーク・タイムズ紙黒人記者の捏造記事事件が黒人を含む同紙編集幹部二人が辞職する騒ぎにまで発展したように、過去約半世紀の黒人やマイノリティーに対する「優遇措置」への反発が隠微なかたちで進行するようになったことも事実である。
しかし、二〇〇〇年の大統領選挙では黒人票の一〇%弱しか得られなかったブッシュ大統領が、イラク戦争では六〇%を超す支持を集めている。いわゆるネオコン・グループも「自由の帝国」としてのアメリカの資質の一つに、このマルチ人種融合での成功を上げている。日本にはないこのエネルギーへの注意をおこたってはいけないと思う。