中央公論 二〇〇九年二月号
オバマ新政権の布陣にみるアメリカのかつてない切迫感
座談会 松尾文夫/ジャーナリスト 吉崎達彦/双日総合研究所副所長 渡部恒雄/東京財団研究員
ヒラリー登用の意味
松尾:オバマは国務長官に民主党の予備選で最後まで戦ったヒラリー・クリントンを起用しました。見方は様々ですが、いずれにしても単なるサプライズにとどまらず、四年後に「あの時、彼女を選んだのが……」と評価されるような、重大な人事だと僕は思います。
あれだけの経験、実行力、プレステージを持った人物を取り込み、党内対立の芽を摘んだという意味では、現状ではいいことずくめに見える。ただ、彼女は対イラン強硬論や親イスラエル路線で知られる“タカ派”です。これを抱え込んだわけで、危険な賭けに出たとも言えます。事実、アラブなどからは、すぐに失望の声が上がった。僕は勝負が早すぎたんじゃないかと。ややネガティブな印象を持ちました。共和党は夫のクリントン元大統領まで含めて攻撃の種が転がり込んできたと喜んでいますね。
吉崎:どう考えても不可思議な人事だと私も思うのですが、分からないなりに理由を捻り出してみると三つあって、一つは論功行賞。大統領選の結果を冷静に分析すれば、私がオバマだったら「勝てたのはヒラリーのおかげ」と考えます。女性票の五六%を取れたし、勝負どころのミシガン、ペンシルベニア、オハイオなども、予備選ではヒラリーに歯が立たなかったが、ちゃんと制することができた。
第二に、正反対のうがった見方をすれば、もしかしたらオバマは、四年後には ” 矢尽き刀折れ ” という状態に追い込まれているかもしれない。そうなった時に立ち現れるであろう最大のライバルの動きを、政権内に取り込むことであらかじめ封じ込めた。
第三に、かつてリンカーンが政敵であるスタントンを陸軍長官に抜擢したように、懐の深いところをアピールする狙いもあるのかもしれない。
松尾:ヒラリーを指名した直後の共同会見で、彼は「あえて、違う意見を言う人たちもチームに望んだ」と述べました。そしてトルーマンの有名なフレーズを引いて“バック・ストップス・ヒア” 、「最後の責任は取る」と締めくくったのが印象的で、ムリして「爆弾」を抱え込んだ感じを受けました。
吉崎:一つサプライズをやって、後は現実的というか、クリントン時代のプロフェッショナルで手堅く固めたという人事ですね。「裏切りではないか」という声が、左派の支持者からはすでに相当出ているはずです。
渡部:リンカーンに倣ったというのはあると思います。事実、彼は五月ぐらいから、「大統領になったら、リンカーンのような“チーム・オブ・ライバルズ”をつくるんだ」と、言ってました。勝利のスピーチでも、「私は、あなた方の声に耳を傾ける。特に、意見が異なった場合には」と述べていました。
実は、これは彼の基本的な政治姿勢でもある。これを貫くことによって、幾多の政治的な危機を乗り越えてきた。そもそも出自からして、黒人と白人のハーフである彼は、どちらのコミュニティにも入り込まずに、「他者」として生きてきたわけです。価値観が違う人とも前提条件なしに話し合い、折り合いをつけてやっていくというのはバラク・オバマの生き方そのもので、イランや北朝鮮に対する発言にも、それが投影されている。
そうした姿勢を大統領としてあらためて示すために、あえてライバルのヒラリーを入れた。ある意味、一貫性のある行動だと思います。
松尾:なるほど。ただ、リンカーンも結構苦労したのではないですか。
渡部:私も彼女は「爆弾」になりうると思います。でも、それを自ら背水の陣を敷いたのです。なぜなら、アメリカ自身が崖っぷちにあるから。経済のみならず、イラク、アフガニスタンとの戦争とムンバイのテロが示すように、安全保障上の脅威も消えてはいない。これを、最強の布陣で乗りきることが最優先。その象徴がヒラリーです。
ちなみに、リンカーン時代にはスタントン以上にヒラリーに近いモデルがいました。共和党予備選でリンカーンと争ったスワードです。当初は彼が本命だったのですが、強硬な奴隷制反対論者だったため、大統領にしたら南部との戦争が必至と、心配した党員が中道のリンカーンを選んだ。
ところが、当選したリンカーンは彼を国務長官に据える。最初は渋々だったスワードですが、やがて大統領と気心を通じて大活躍する。ロシアからアラスカを買ったのもこの人で、アメリカ人はみんな彼のことを知っている。そんなことも踏まえたうえで、「俺もリンカーンのようにやるぞ」という国民向けのメッセージが、あの人事には込められていると思います。
何をチェンジするのか
松尾:「ネット大統領」というのも、オバマを印象づけるキーワードですね。選挙戦を通じて、一三〇〇万のメーリングリストを確保したとも言われている。彼らはオバマのダイレクト・アーミーとして、例えば彼に反対する議員に集中砲火を浴びせるというようなかたちで、議会に対するプレッシャーグループとして機能するかもしれない。
半面、今回の人事では彼らの多くが期待したであろう“ハト派”は払拭されているわけで、こうしたことがとまどいを生み、反発に転化すれば、政権にとってやっかいなエネルギーになる。今後、この財産をどう運用するか、まさに両刃の剣ですね。
吉崎:彼の演説は、主語に“You”を多用するんですね。「みなさんの勝利だ」というような言い方。で、最後は聴衆がオバマと合体して、” Yes We Can ” の大合唱(笑)。これがオバマ流の雄弁術なのです。対するヒラリーは ”I”。だから、ヒラリーの主張は非常に明快で、オバマは何を言いたいのかが、いまひとつよく分らない。
誤解を忘れずに言えば、オバマ支持者の多くは“You”と持ち上げられて、「この人は自分の思いを分ってくれている」とのめり込んだのではないでしょうか。でも、そこには誤解がある。反戦派がオバマに乗ったのは、彼が初期の頃見せていたハト派的な姿勢を評価したものだったし、学生が支持したのは「学生ローンで苦しむ人を助けよう」というひと言に共鳴したもの。このパターンでいろんな人が引きつけられたのですが、いよいよ政権を取ったら、普通の政治家と変わらないことを始めた。それもかなり熟練した政治家のやり方を。(笑)
私は遠からず、“You”の失望が始まるのではないかと感じます。
松尾:一九六九年春、故デービット・リースマン先生にインタビューした時、就任直後のニクソン大統領について「彼はいい大統領として歴史に名を残すことになるかもしれない。彼は第一級のオポチュニストだから」と言っていた。実際、ニクソンは米中和解などをやったわけですが、その説に従えばオバマもすごいリーダーになる可能性はある。オポチュニスト、つまり、Changeは棚上げにし、ゲーツ国防長官を留任させた。今度の人事で見せたような現実路線に徹し、なおかつダイレクト・アーミーのパワーを保持しつつ、ヒラリーを使いこなした場合です。その意味で、オバマ政権の行く末が見えるのは、意外に早いかもしれませんね。それにもう一つ強調しておきたいのは、オバマが汚職とボス取引で歴史的にも有名なシカゴの政治をうまく生き抜いてここまで登りつめたという事実です。
オバマの後の上院議員の指名権を持つイリノイ州知事が、その人選をめぐる収賄容疑でいきなり逮捕されるような政治風土で育ったオバマのオポチュニストとしての資源に、注目すべきです。
渡部:私は、基本的なところでお二人とは意見が違うのですが、オバマは「安全運転」したくてもできないのです。なぜなら、さきほど述べたように、米国が未曾有の危機に直面しているから。人気が落ちるのも覚悟のうえで、ギリギリの勝負をかけたんじゃないかというのが、私の見方。
今回の人事の凄みは、ヒラリーよりもむしろ経済チームに感じます。極め付きは、ティモシー・ガイトナーとローレンス・サマーズを両方起用したこと。しかもサマーズではなくガイトナーを財務長官にした。二人はクリントン政権時の財務長官(サマーズ)と次官ですが、これだって ” チーム・オブ・ライバルズ ” と言えなくもない。まさに、“Change”だし、“Challenge”ですよ。
そこから見えてくるのは、経済再生に最優先で取り組むという、並々ならぬ決意。明らかな「危機対応モード」なのです。しかも、危機というものは、必ず複合的に現れるもので、イランやパキスタンなど外交面でもいっそう深刻な局面を迎える可能性がある。そうなった時に、それに対応できるのはヒラリーの政治力ですよ。平時であるならば「冒険人事」かもしれませんが、有事の今はこれくらいやって当たり前。私はむしろ安心感を覚えます。
最後の晩餐
松尾:経済の話が出ましたから、そちらにいきましょうか。
吉崎:大統領選の出口調査(CNN)を見ると「あなたにとってもっとも重要なテーマは」という問いに対して、「経済」「雇用」と答えた人が六三%。「ヘルスケア」の九%、「エネルギー政策」の七%を足すと八割になる。要するにオバマは「経済の大統領」なのです。
本人もそれはよく分っていて、例えば昨年十一月七日にシカゴで行った大統領選勝利後初の記者会見も、経済について助言を受ける「政権移行経済顧問会議」のメンバーを従えて行いました。その時の写真を見ると、演説するオバマの左右に経済のプロたちがずらり。なんだか『最後の晩餐』に見える(笑)。ボルガーが新大統領のすぐ後ろにいて、ルービンがちょうどユダあたりの位置にいる(笑)。首席補佐官として入閣したラーム・エマニュエルは全体に睨みをきかせてるふうだし、そのちょっと離れたところにサマーズがいる。力関係が一目瞭然なんです。で、真ん中のオバマは確かにキリスト然としている。
この画を見るかぎり、少なくとも経済チームに関しては、しっかりしたリーダーシップを発揮しているように感じますね。
松尾:この時、オバマは誰にもしゃべらせませんでしたね。
吉崎:私も、ガイトナーとサマーズの使い方はおもしろいなと感じました。余談ながら、今リベラル派には不満がいっぱいです。でも、オバマの足を引っ張るわけにはいかないから、『ニューヨーク・タイムズ』なんかはもっぱらこの二人に批判の矢を放つ。「ニューヨーク連邦準備銀行総裁だったガイトナーには、リーマンショックの責任はないのか」といった具合に。
でも、マーケットはこの人事を評価しています。おかしな人間があてがわれずに、ひとまずは安心したのでしょう。
松尾:オバマは“ニュー・ニューディール”をやるんでしょうか?
吉崎:やらないでしょう。これも出口調査の結果なのですが、支持政党を聞くと今回は民主党三九%に対して共和党三二%。ちなみに、四年前はともに三七%でした。ところが、同じ人が政治的傾向については、リベラル二二%、コンサバティブ三四%、モデレート四四%と回答していて、これは四年前とまったく変わらない。つまり、米国民の保守化傾向に変化はない。今回は、「反ブッシュ・脱共和党」の選挙だったわけです。オバマはこの選挙結果をきっちり分析しているはずで、保守的な世論が眉をひそめるような経済政策は行わないと思います。
渡部:“ニューディール”の定義の問題じゃないでしょうか。大恐慌に学べば、ケインジアン的な手を打たないと景気は悪くなる一方だという認識は持っているはず。だから、七〇〇〇億ドル規模の景気刺激策は実行すると言ってますね。ただ、それがニューディールの規模かといえば違う。おそらく、ドラスティックには映らないけれども、いろんな手を組み合わせて景気浮揚を図るんだと思いますよ。
松尾:マケインが批判したような、ソーシャリスト的なことはやらない。
渡部:ただ、共和党が言う「ソーシャリスト」は、ケインジアンのことですからね。(笑)
吉崎:私は、今の米国経済に特効薬はないと感じます。七〇〇〇億ドルの話だって、米国債はそんなには売れないし、そもそもファイナンスできるのか。財政出動で二五〇万人の雇用を創出すると言っていますが、裏を返せば、財政を止めた瞬間に二五〇万の失業者が出ることになります。
松尾:そうすると、オバマの打つ手は限られるわけだし、経済危機は長期化を覚悟しなければならない。吉崎さんは、どのくらいで回復に向かうと思われますか?
吉崎:市場をはじめとする今の混乱状態は、ざっくり言ってこの春頃まで続くと見ています。混乱が収まったところでやっとまわりの状況が見えてきて、そこから「再建」が始まる。
米国は極端に貯蓄率が低い国ですから、金融がダメになると消費がガクンと落ちます。〇八年七月〜九月の個人消費は一七年ぶりにマイナスを記録しました。人口が一%のペースで増加していることを考慮に入れれば、個人ベースではものすごい生活水準の切り下げが起きている。日本の経済危機は企業の危機だったのですが、米国は家計の危機なんですね。
借金ができないとなると、今後数年間は貯蓄の積み上げということになるでしょう。景気にとって好ましいことではありませんが、それで家計のバランスシートは調整に向かう。ただ、調整完了まで三〜四年はかかるはず。その間、オバマは国民に対して、「じっとがまん」を呼びかけるのではないでしょうか。
渡部:私もそう思います。やっぱり彼は「受難者」なんですよ(笑)。自らその役回りを買って出て、「だからアメリカ人よ、みんなで耐えよう」と。
何だかんだ言って、今回の経済チームは米国のというより人類の経済学の知恵を総動員している。さっきの二人に加えて注目の人物を挙げるとすれば、CEA(大統領経済諮問委員会)委員長のクリスティーナ・ローマー。彼女はバーナンキFRB(米連邦準備制度理事会)議長と並ぶ大恐慌研究の第一人者です。OMB(行政管理予算局)局長に、医療保険制度のコスト削減などに手腕を発揮したピーター・オルザグを起用したのも重要です。「財政再建は選択肢の一つなどではなく、絶対にやり遂げねばならない課題だ」という発言をしている。
いずれにしても、来るべき長い苦しみを想定し、「我々はベストの布陣を整えた。だから国民も努力してほしい」という明確な姿勢は見せていると思います。
松尾:経済外交はどうでしょう? 米国が保護主義に陥ることを恐れる声も強い。
渡部:この前APEC(アジア太平洋経済協力会議)でも、その懸念が強く表明されました。ただ、オバマ自身も、貿易が縮小したらますます景気回復が遅れることは理解しているはずです。
吉崎:さきほど話に出たように、オバマは存在自体がグローバルでしょ。彼が保護主義を主張したら、それこそ自己否定になるわけで、その点では私は楽観しています。
ただ、対外的に非常に難しい時期であるのは確かですね。〇八年がいかに政治的、経済的に異常な年だったのか、G8洞爺湖サミットと、四ヵ月後のG20金融サミットを比較してみるといい。G8では金融危機の話は出てません。もっぱら環境と資源インフレ。
松尾:なるほど、そうでした。
吉崎:ところがG20では環境の「か」の字も出ませんでした。そもそも、G8の時に
「新興国も呼ばないとダメだ」という話になったのですが、実際に来た彼らは口々に「我々は被害者だ」と訴える。彼らは主権意識が強くて、自己犠牲などとんでもないと考える。今の危機を打開するためには、少なくともG20レベルの協調が必要なのに、先進国と新興国の利害対立はことのほか大きかったわけです。中心にならざるをえないオバマは、本当に大変だと思いますね。
問題はタカかハトかではない
松尾:私は〇二年にジャーナリストに復帰し、米国に取材に出かけたのですが、前年の9・11テロを機に湧き上がった米国の高揚感を肌で感じました。テロと戦うために全国民が一つになるんだというような、ある種の使命感。正直、ワシントンでの就任式に一〇〇万人以上が詰めかけるかもしれないといわれるオバマ登場での熱狂にも、似たような空気を感じなくもないんですよ。これが、例えばかつてジョンソンが国内の「偉大な社会」政策で成功して、ベトナムにのめり込んで行ったような、落とし穴にならなければいいのですが。
吉崎:外交問題に対する論調は、最初の頃から変わってきている。ヒラリーも入れたし。
松尾:過日、「ザルツブルク・グローバル・セミナー」に招かれて、しゃべった時に、そのへんの気持ちを「“Yes We Can”は国内的にはファインかもしれないが、グローバルにやられるとデンジャラスだ」と言ったら、後で米国人が何人かが寄ってきて「いい話だった」と。オバマはアフガン増派を主張していますが、あそこにさらに軍事的に突っ込めばベトナム以上に厳しい事態も予想されます。“オポチュニスト”オバマが最初に試されるところです。
ちなみにこのセミナーでは、〇八年七月に彼がベルリンで演説し二〇万人が集まった時の熱気は、欧州では醒めてしまったと話す人もいました。NATOに対してアフガンへの増派を要求したことで、「ブッシュからの決別」への期待は、失望に変わったと言うんですよ。少なくとも、「平和の大統領」というイメージは消えつつある。
渡部:私は、かかる状況下で、外交を“タカ”か“ハト”かという発想で論じること自体に疑問を感じます。そうではなくて、リアリスティックに対応するのか否かといった、やり方の問題。ブッシュはそこを間違ったのです。
オバマは、いきなり国連大使を任命したでしょう。しかも腹心のスーザン・ライス。「新政権は国連を大事にするよ、そして使うよ」というメッセージにほかなりません。NATOに関しても、私は最近ブリュッセルで欧州人の幹部に会って話したんですが、松尾さんがおっしゃるように彼らはアフガンに対するオバマの要求が際限なく大きくなることを心配しています。心配はしているんだけど、じゃあアフガンから撤退するのかといえば、そんなことはないわけで。オバマも、そのあたりは十分に理解したうえで発言し、行動しているように見えます。ちょっと買い被りすぎかもしれないし、「神のみぞ知る」ですが。
松尾:ただ、ヒラリーには、「力の行使」をいとわないネオコン的資質がありますよね。
渡部:個人的には、ヒラリーが“タカ派”だとは思わない。そもそも、外交というものは武力を背景にして効力を発揮するものであって、例えば北朝鮮に関して「枠組み合意」ができたのは、まさに戦争一歩手前の圧力がかかっていたからです。北朝鮮でのブッシュの失敗というのは、圧力をかけておきながら、外交交渉をしなかったこと。この裏返しの、圧力をかけつつ交渉するのが、本来の外交です。
松尾:オバマはそれをやる?
渡部:と思います。まあ、クリントン政権というか、アメリカの伝統的な外交スタイルに戻るだけなのですが。それですぐにはかばかしい結果が得られるとは私も思わないけれど、外交なんてそんなものですよ。簡単に解決できるものなら誰も苦労しない。
松尾:北朝鮮は喜んでるでしょうね。「話のできる相手が出てきた」と。
渡部:でしょうね。ただ、客観的に見れば、北朝鮮にとって楽な環境では決してない。「枠組み合意」の時の状況に戻るわけですから。
法律顧問のグレゴリー・クレイグですが、実は国家安全保障担当補佐官の候補としても名前が挙がった「外交通」。その彼が、「オバマ新大統領は、就任から一〇〇日以内に自ら訪朝するなり、特使を派遣するなりすべきだ」という提言を以前に発表しているんですね。彼が入ったことも注目すべきです。
松尾:アフガン問題は、どこに着地点を見つけようとしてるんでしょう?
渡部:ブッシュ政権がタリバンの一部との交渉を言い始めたことがヒントでしょう。タリバンというのは決して一枚岩ではなく、取り込める勢力もいる。次の大統領選挙で不人気なカルザイの再選をめぐり、状況が混沌としていますが、外交交渉のチャンスともいえる。オバマ政権は欧州と話し合いながら柔軟に対応していくのではないでしょうか。ただ、柔軟路線をとるにしても増派による治安回復は不可欠なのです。国防長官にロバート・ゲーツが留任したでしょ。彼は軍だけではなく、CIAからの信頼もある。アフガンの特殊作戦ではCIAの役割が大きい。そのためにもゲーツが必要だということです。
空気が読めていない日本
松尾:最後に、新政権発足で対日政策はどう変わるか。意見をお聞きしたい。
吉崎:その話は、ものすごく「居心地の悪さ」を感じるんです。米国でも欧州でも、善し悪しは別として、オバマは熱気を持って迎えられたでしょ。日本は、その高揚感をまたくシェアしてない。国際的な空気を読めていない。このギャップは異様です。
渡部:「居心地の悪さ」の裏には、「“Change”の仲間に入りたくても、今の政治じゃしょうがない」っていう諦めがあると感じています。みんなが受験勉強に精を出している時に、自分一人だけ風邪で寝込んで動けないようなもどかしさ。(笑)
吉崎:もどかしいだけならまだしも、「アメリカは日本の頭越しに中国に接近するんじゃないか」という被害妄想的な懸念ばかりで情けない。
渡部:この国際情勢では、新政権が「日本も中国も大事にします」とうスタンスにならざるをえないのは事実。少なくとも中国敵視政策は取れません。しかし、だからといってオバマが中国のみを重視して日本を切り捨てるなどということはありえません。そんなことを言ってるのは、世界中で日本のメディアだけ。誰が大統領になろうとも日本を切ることなどしないし、プラグマティックなオバマならなおさらです。特に今は、外交の重みが安全保障よりも経済に傾いてるわけで、日本と中国の助けがなければ、米国は立ち行かない状態。そのことを、しっかり頭に入れるべきです。
松尾:ガイトナーは知日派ですね。
渡部:そうです。しかし、まさか彼が財務長官になるとは。日銀や財務省には、彼が東京の大使館勤務時代からの知り合いも多いはず。
吉崎:日本の金融サークルにもけっこう彼のファンがいますね。
渡部:もちろん経済のことはよく分ってるし、理論に裏打ちされた政治的な迫力はあるけれど、サマーズみたいな傲慢なところはない。(笑)
松尾:ヒル(国務次官補)は残るんでしょうか?
渡部:残るという噂もあります。ただ、対北朝鮮交渉にヒルを使うのはリスクがあると思います。問題の解決には、ほかならぬ日本の関与がポイントだと考えているのではないでしょうか。日本にとって、ヒルはイメージが悪すぎる。適任を挙げるなら、フランク・ジャヌージ(上院外交委員会民主党上級スタッフ)。
松尾:彼は最近まで慶応義塾大学に来ていた。
渡部:一年前にも日本にいたというのは、ちゃんとした伏線になっているわけです。北朝鮮問題を解決するためには日本がカギになると考えればこそ。彼は拉致問題解決の重要さもマインドとして持っている。ただし強硬なことをやっているだけではダメで、スマートに進めれば核も拉致も解決できるというスタンス。北朝鮮側には、すでにかなり具体的な提案をしているとも聞いています。ただ、私は思うのですが、この新布陣が日本にとっていいとか悪いとか言っている状況では、そもそもない。危機は間違いなく日本にも襲ってくるわけで、危機を最小限にとどめるための主体的な努力、その姿勢を自らが示さなければならない。
吉崎:そのためにも、政治の建て直しが急務ですね。
松尾:ずっとお話をうかがってきて、改めてオバマは今米国が置かれている試練の象徴だと感じました。ただ、試練ではあっても、「アメリカの時代」が終わるわけじゃない。オバマを大統領にしたアメリカの多元的なエネルギーは、やはり乱目すべきです。問題はその試練を共有する日本ですね。現状は心配以前の状況で、アメリカのみならず外国からは「日本という国」そのものがはっきり見えない。とにかく民意を問う総選挙を早くやることから始めねばならないと思いま