オバマ大統領、「道義的責任」発言の背景
—軍縮外交に日本の活路—
ジャーナリスト 松尾文夫
政権交代の可能性が出てきた敗戦から六四年目の夏、きちんと捉えておかねばならないことがある。アメリカのオバマ大統領が今年四月五日、チェコの首都プラハの演説で、「核兵器のない世界」の実現をスローガンに意欲的な核軍縮、核不拡散戦略を打ち出した中で、「アメリカには核保有国として、しかも核兵器を使った唯一の核保有国として行動する道義的な責任がある」と踏み込んだ発言をした背景である。
●ブッシュ政権と様変わり
広島、長崎の具体的な名前は触れられなかったものの、とにかくアメリカの大統領が原爆投下の「道義的責任」を明言したのは初めてのことである。それに、オバマ大統領は、この演説で、「核兵器のない世界」は「多分、私が生きている間には実現しないだろう」としながらも、ブッシュ前政権が反対していた包括的核実験禁止条約(CTBT)や核兵器用核分裂性物資生産禁止条約(カットオフ条約)の批准、交渉促進など、核拡散防止の決意を熱っぽく語り、ブッシュ政権との様変わりの姿勢を明らかにした。
七月上旬のロシア初訪問では、メドベージェフ大統領との会談で十二月に失効する第一次戦略兵器削減条約(START1)の後継条約について、米ロの戦略核弾頭の上限をこれまでの合意数一七〇〇~二二〇〇個を下回る一五〇〇~一六七五個とすることで合意するなど、核軍縮に積極的な態度が本物であることを裏付けて見せた。
ブッシュ共和党政権時代、アメリカは、核を含めたアメリカの軍備強化を主張するネオコン勢力の影響力もあって、こうした路線には反対の態度をとり続けた。日本が一九九四年から毎年、国連総会本会議に提出し、賛成多数で可決されている「すべての国が核兵器を全面的に廃絶することを求める決議案」に対し、常に反対票を投じていたのは、なんとアメリカと北朝鮮、それにインド、イスラエルの四カ国という皮肉な結果となっていた。
もちろん、様変わりといっても、十二月五日のSTART1失効前の新条約調印が実現するかどうか、検証方法などをめぐって問題は山積している。
●超党派の支持
しかし、注目しておかねばならないのは、こうしたオバマ路線の背景に二〇〇七年以来、アメリカ国内で「核兵器のない世界」を求める超党派の支持の高まりがあることである。
口火を切ったのは、二〇〇七年一月四日付けのウオール・ストリート・ジャーナル紙オピニオンページの全面をつぶして掲載された異色の共同論文だった。題してオバマ演説と同じ「核兵器のない世界」。シュルツ元国務長官(レーガン政権)、ペリー元国防長官(クリントン政権)、キッシンジャー元国務長官(ニクソン、フォード政権)、ナン元上院軍事委員会委員長——といった米外交界の超党派の大物OB四人が連名で寄稿したものだった。
内容は、北朝鮮やイランの動きに象徴される核拡散に歯止めがかからない事態に対処するため、米国が率先して世界のすべての核兵器の廃絶を目指す大胆なビジョンを示す時がきた、との大胆な提案だった。
世界的なテロの時代を迎え、アメリカと旧ソ連の間で核兵器の使用を相互に抑止することに成功してきた〃相互確証破壊(MAD)〃戦略の時代は終わったとの認識のうえに立って、実際に核兵器が使われる危険が「劇的に」増えているという危機感をあらわにしたものだった。
特に世界は、この四者論文の寄稿者に、キッシンジャー、シュルツという共和党側の大物二人が加わり、当時のブッシュ政権とは対極にある「核兵器のない世界」のテーゼに組した事実に驚いた。しかも、五月十九日、オバマ大統領はこの四人をホワイトハウスに招いて、親しく会談、終わって記者団に対し「プラハ演説はこの四人から助言を得た。これからも協力を求める」と明言した。
●日本核外交のチャンス
今、日本にとって重要なのは、こうして、事実上、今後のオバマ軍縮政策の指南役を務めることがはっきりした外交四賢人の中に、かねてから「日本核武装の可能性」を核拡散拡大の危険の一つとして公言をはばからないキッシンジャー氏が含まれていることである。この四賢人と「核兵器のない世界」のテーゼでは一線を画すシュレジンジャー元国防長官も、最近のインタービューで「核拡散防止で重要なのは日本をこの議論に引き込み、アメリカの核の傘が中国の核の脅威からも日本を守るとの確証を与えねばならない。民主党の小沢一郎は二〇〇二年に、日本にとって核弾頭を作ることは簡単なことだと述べている」と小沢氏を指名して、日本核武装への懸念を明らかにしている。
これは、日本外交にとって、一つのチャンスだと思う。イランや北朝鮮の核脅威を説くオバマ軍縮路線の背後で、実は日本の核政策の出方が注視されている状況を逆手にとって、日本の非核外交を展開することが可能だからである。折から国際原子力機関の次期事務局長に日本の天野大使の就任が決まった。朗報である。
そして、オバマ大統領の「道義的責任」発言を受けて、訪日の際の広島訪問、献花への期待が高まっている。これは五年来、本誌上を含めて私が日米関係のみならず、中国、韓国、北朝鮮など近隣諸国との戦後和解のケジメの出発点として提唱していることで、実現すれば、日本の軍縮外交展開にとってまたとない追い風となる。
八月上旬、この私の相互献花提案や四者論文などについて現地ルポを含めて詳述した拙著、「オバマ大統領が広島に献花する日~相互献花外交で歴史和解の道をひらく~」が小学館101新書から出版された。ご一読いただければ、幸いである。