2005_04_「アメリカという国」を考える(その二十五) ──内政勝負のブッシュ第二期政権──(渋沢栄一記念財団機関誌・青淵)

渋沢栄一記念財団 機関誌「青淵」(二〇〇五年四月号)

「アメリカという国」を考える(その二十五)

 ──内政勝負のブッシュ第二期政権──

 

松尾文夫(ジャーナリスト)

 

 

 一回休んでいる間に、第二期ブッシュ政権が立ち上がり、その路線の輪郭が明らかになった。内政で勝負しようとしている、と私は思う。年金改革を柱に、税制改革、移民政策の合理化、京都議定書に代わる新温暖化対策──といった内政面での諸改革で、第一期政権で、「九・一一」を逆手に取ってイラク戦争を強行したのと同じような「歴史的突出」を狙っている、ということである。昨年秋の選挙戦以来の公約だった集団訴訟制度への歯止め法案は、既にあっという間に上下両院を通過、成立してしまっている。

 従って外交面では、イラクの暫定議会選挙を高投票率で乗り切り、アメリカ世論はもとより国際的にもイラク民主化が認知された実績を背景に、第一期での「突出」の実務的な収拾に力が注がれるものとみられる。

 三選が認められていない以上、ブッシュ・ジュニアー時代はあと正味三年半、歴代大統領と同じく、後世の歴史の評価を意識し始めており、その意味で外交、内政の双方で「歴史的突出」を完結させたいとのシナリオが画かれている、と思う。

 

 

 「過激な」年金改革構想

 

 この内政面での突出とは何か。

 わずか十七分間の演説で、「フリーダム」ということばを二十六回、「リバーティ」を十三回も使った二度目の就任演説の中で、その決意が明らかにされている。「全世界が自由を目指して進むなかで、われわれアメリカ国民が、自由というものが持つ意味と約束について見本を示さねばならない」とふりかぶったうえで、いまの時代のニーズにこたえるため、一八六二年のホームステッド法(西部の国有地を入植者に与える法律)、一九三五年の年金法、四四年のGI法(復員軍人援助法)─といった自由の概念を「拡大定義」して、これまでのアメリカの発展に貢献して来た「偉大な制度」を改革するビジォンを提示する─とたたみかけている。そしてこの改革の具体例として、連邦政府からの施しだけに頼らずに、自らの運命を自らの手で担い、そのリスクを覚悟する「所有者社会」の建設を呼び掛けている。

 重要なのは、この内政改革の呼び掛けが、「アメリカの政策は、あらゆる国と文化における民主的な運動と制度の発展を求め、支持し、世界中から専制をなくすことを究極の目標としている」と言い切る全体のテーゼに組み込まれていることである。つまり、「偉大な制度」の改革は、イラク民主化のための戦争を正当化する論理の延長線上にあるということである。民主主義を中東の地に広げるためにと強行したイラク戦争と対置させられているわけである。

 従って、その改革提案は、イラク戦争同様、「過激」である。象徴的なのが、目下、この「偉大な制度」の改革の中心にすえられている年金改革の内容である。現在、国民一人一人の所得から年金分で一二・四%を徴収している社会保障税(医療保険分を含めると一五・三%)でまかなわれている年金制度が、高年令化によって、二〇四二年には完全に破たんする状況に対して、年金分の税の三分の一程度を自主運用、つまり個人貯蓄勘定に回すという制度の導入が提案されている。公的資金の負担分を減らすことによって、年金制度そのものは存続可能とする一方で、国民が自由に投資や消費、子どもへの相続分として使うことが出来る個人貯蓄勘定を生み落とそうというもので、自己責任の活力による「所有者社会」のインフラを構築しようというイニシアティブである。

 

 

 「新ルーズベルト」を目指すか

 

 一九三五年制定の年金法は、いうまでもなく大恐慌の危機からアメリカを救ったF・ルーズベルトのニューディール政策の基幹部門である。今年は、あれからちょうど七十周年の節目。今回のブッシュ年金改革案の発想は、連邦政府がソーシャル・セキュリティー・ネットに責任を持って来たニューディール型の「大きな政府の政治」への明確な挑戦である。昨年のブッシュ再選で信任された、一九六八年のニクソン登場以来の「小さな政府の政治」の流れ、すなわち共和党主流派時代の「総決算」ともいっていいマニフェストである。

 しかし、当のブッシュ大統領が、二月二日の一般教書で、ニューディール以来の現行年金制度を「二十世紀における偉大な道徳的成功であった」とわざわざ持ち上げているところが面白い。「われわれはこの偉大な目標を今世紀においてもかかげねばならない」と述べて、自らの年金改革を新版ニューディールと位置付けている、といっていい。ブッシュ大統領は、かねてからF・ルーズベルトに対する敬意を口にすることで知られている。第二次世界大戦勝利、大恐慌克服というルーズベルトの二大偉業と自らの民主主義のためのイラク戦争と二期目の内政改革をだぶらせる「新ルーズベルト」の心境ではないか、と思う。

 議会の民主党のみならずアメリカ世論全体は、いまのところこのブッシュ構想、特に年金改革には冷たい。最近のニューヨーク・タイムズ紙の調査でも個人貯蓄勘定導入については五一%が「悪いアイディア」と答えている。

 しかし、ブッシュ大統領は、こうした逆風を一向に気にせず、一般教書直後から九回もの地方遊説を行い、二月末の欧州旅行帰国後もすぐこのキャンペーンを再開、「次の世代のための恒久的年金制度の改革」を訴えている。特に五十五歳以上の層には現行制度の継続を保証したうえで、アピールの主目標を保守化傾向が著しい四十代以下のポスト・ベビーブーマーにしぼり、「所有者社会」の利点を説く。こうした作戦は、例え共和党の一部まで加わった議会の反対で改革が立往生しても、政治的には来年の中間選挙戦での保守票の囲い込みに役立つとみる向きが多い。カール・ロブ政治顧問はこの点を十分計算済みだ、といわれている。

 外交面でも、ブッシュ政権に「追い風」が吹いていることを認めておかねばならない。依然としてイラク「出口戦略」のメドはつかないながらも、暫定議会選挙の実施、パレスチナ、レバノン、エジプト、サウジなどでの民主化ムードの出現、ブッシュ大統領の欧州修復旅行の成功、そして民主党のヒラリー・クリントン夫人まで二月のバグダッド現地訪問後、イラク国内情勢の改善を口にし、アメリカ軍撤退期限の設定には反対している。ネオコンは早くもイラク暫定議会選挙は、かつてのベルリンの壁崩壊と同じような歴史的分水嶺になるのではないか─と言い出した。ブッシュ大統領の内政面での「中央突破作戦」の行方もクールに見守っておく必要がある。

(三月四日記)

© Fumio Matsuo 2012